bittersweet confectionery

 ムースの程良い甘酸っぱさに顔が自然と綻ぶ。
 定位置に座ってこちらを見ていたティアナも頬を緩ませ、しかしすぐに平静を装い続けた。
「これ、ママが教えてくれたレシピで作ったの。ママはお料理も得意だったのよ」
「うん、これは美味いなあ…。それに、昔食べたような、懐かしい味がする」
 二口目を飲み込み、呟いてから思い出す。

   お兄さんと食べなさいって、ママが作ってくれたの。

 そう言って小さな籠を差し出した、満面の笑顔。
 食感にやや違いはあるが、あの時ティアナが持ってきたおやつの味だ。懐かしいのも当然だった。
「もしかして狼さんのママも、同じお菓子を作ってくれたのかしら」
「さあなあ…。俺の母親が作ってくれた記憶はないけどな」
 つい口を滑らせたばつの悪さを誤魔化す為、そしてそれとなく反応を確かめる為、はぐらかすように笑ってウインクする。
 ―― 大丈夫。
 覚えている様子も、思い出した様子もない。
 こちらの安堵をもちろん知る由もなく、返ったのは嬉しそうな笑みだった。
「そんなに喜んでもらえて良かったわ。また作ってあげるわね」
「ああ、楽しみにしてるぞ」
 手を伸ばし、軽く頭を叩く。
「おまえ、いい子だな」
「なっ…」
 何が気に入らなかったのか、思いきりそれを払われる。
 ティアナは勢いよく立ち上がると、何度も首を横に振った。
「こ、こんなこと大したことじゃないじゃない!
 お菓子を作ったくらいでいい子なんて…。狼さん、愛情に飢え過ぎだわ!」
「おまえなあ、褒めてるのになんで怒るんだ?」
「だ、だって狼さんがいい子だって言うから…」
 どうやら子ども扱い以前に、この一言を認めたくないらしい。
 村にいた頃は波風を立てないよう“演じて”いた節もあり、彼女にとって“いい子”は褒め言葉ではないのだろう。
 とはいえ実際、
「いい子はいい子だろう?」
「い、いい子なんかじゃないわ!」
「はははっ、面白い奴だなあ」
 席を立ち、頑として否定する頬にそっと触れる。

      意地っ張りで、一生懸命で。
      作ったお菓子や料理への賞賛は素直に受け取れるのに、
      自分自身を褒められるのは苦手で。

      そんな処も全部、
      可愛くて、―― 愛おしくて…。

「………」
 ふと微笑い、惹き寄せられるまま唇を近づける。
 目の前の深緑に揺れている、淡い期待にも似た戸惑い。
 そこに、かつて向けられていた無邪気な思慕の面影を見付け、指一本手前で我に返った。
「―― あんまり子どもをからかったらダメだよなあ」
 自戒の意味で声にし、身体を引く。
 椅子に掛け直したものの何かをしないではいられなくて、既に湯気の消えた紅茶に蜂蜜を入れ、無造作に掻き回した。

      どんなに愛しくても。
      今も、この先も。

      特別な関係には、……なれない。

 明るい紅色と混ざり合っていく黄褐色に自らを重ね、許されない感情(おもい)を心奥へと仕舞い込む。
 けれど、
 後どれくらい、傍(ここ)に置いておけるだろう…?
 不意に過った問いは、偽れぬ、鈍い痛みを伴っていて。
「……私も紅茶を飲もうかな…」
 何処か甘さを含んだ独り言を聞きながら飲んだ一口は、何故かとても苦かった。

fin.

2011,09,27

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