生家の前で足が自然に止まる。
様子を見にいきたいと言い出したのは自分なのに、向けられた畏怖を思い出し、そのまま動けなくなってしまった。
やっぱり来ない方が良かったかしら…。
しばらく躊躇い、村人に見咎められぬうちに帰ろうと踵を回らせた時だった。
「ティアナ!?」
継母の、嫌悪ではない驚きの声にそろそろと振り返る。
赤ん坊を腕に抱いて小走りしてくる表情は、ここで暮らしていた頃には目にしたことがないものだった。
「あなた、一体何処にいたの?
ジェラルドは一度も訪ねてきていないって言うし、パパも心配して…」
継子を捨てる為に設定されたはずの叔父の存在。
しかしその言葉に嘘は感じられない。
継母が初めて見せる“親”としての顔に戸惑いつつ、ごめんなさいとティアナは素直に謝った。
「森で迷っている時に助けてくれた人の家で、お世話になっていたの」
「………」
沈黙の中に、隠し切れない迷いの森への恐れを読み取る。
ママは人一倍臆病なのかも…。
こうして穏やかな心境で改めて対面すると、自分が精神的な視野狭窄に陥っていたのが分かる。
虐めだと思い込んでいた言動も、こちらの受け取り方の問題だったのかもしれない。
「私を大事にしてくれる、とてもやさしい人なの。
私はこれからも、彼と森で生きていくわ」
「え…?」
「今日は赤ちゃんが無事に生まれたか、ちょっと見にきただけなの。
じゃあ元気でね。パパにも、私は幸せだって伝えて」
「ティアナ…!」
呼び止める声音が同時に含む、血は繋がらなくても子どもを案ずる気持ちと、未だ消えない魔女の娘への怯え。
だが、ただ嫌い合っていたのではないと知ることができたのだし、来た甲斐は充分あった。
背を向けかけていたティアナは継母にふわりと微笑むと、再びゆっくりと歩き始めた。
森の入口で、迎えに来てくれた夫の姿を見付け、思わず駆け出す。
「狼さん!」
甘えるように広い胸に飛び込む。
頬を寄せ、大好きな香りを確かめてから顔を上げた。
「赤ちゃん、可愛い男の子だったわ。パパも喜んでると思う」
「そうか」
「あとね、お使いを頼まれた叔父さんは本当にいて、パパは叔父さんの家に行かなかった私を心配してくれていたみたい」
「―――」
さらりと続けた和解の話に、村に帰りたいかを問うべきか迷っているのを、僅かに揺れた眼差しで察する。
ティアナは微笑って隣に並ぶと軽く腕を絡ませ、いつもと変わらない口調で尋ねた。
「ねえ狼さん、晩ご飯は何がいい?」
「……そうだな、この前作ってくれた、ハーブとチーズ入りのオムレツがまた食べたい」
「ならレストランに寄っていい? 卵が足りないの」
「ああ」
居場所が欲しくて、安心して留まれる処をずっと探していたけれど。
今は狼さんの傍が、私が帰る場所だから。
そしていつか、
森の呪いと村の人達の色々な誤解が解けたら、ふたりで一緒に里帰りもできるかしら?
パパやママ、新しくできた弟とも、お互いの家を笑顔で行き来するような、“家族”になれるのかしら…?
そんな日が来るまで、パパ達も元気でいてね。
狼さんとレストランの新作メニューについて談笑しながら、ティアナは心の中でそっと呟いた。
fin.
2013,01,27
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