一度だけ、だぞ。
保護者の領域を超える言い訳を、
おまえは、
どんな意味に取ったのだろう…?
満月。血の滴るナイフ。赤く濡れた手。
幼い心に負わせた傷は未だ癒えず、悪夢へと形を変えて。
閉ざされた記憶の扉を叩くのは、
この森か、灰色の花畑に生るリンゴの実か、傍にいる『犯人』の存在なのか……。
止め処なく零れ落ちる無垢な涙は、封じたはずの気持ちを波立たせ、罪悪感さえも束の間、忘れさせる。
衝動的な口付けの温もりが逆に、引き戻す理性。
安心して眠れるようにと…。親代わりのつもりで添い寝して差し出した腕に乗る、愛おしい重み。
このまま朝が来ればきっと、変わらずいられる。
そう…願いにも似た思いでいたけれど。
さっきと同じことをして…?
答えられないなら、
……同じことをしてみせて。
男として見られていなければ出ない言葉に、虚を衝かれ返事に詰まる。
白を切り通すべきだと、分かってはいた。
それでも、
許されるのなら、もう一度 ――― 。
再び唇を重ね、慈愛だけでも欲望だけでもなく、合わせ続ける。
不思議なほど満たされていく胸の内が、欲情へと僅かに傾く。
伸ばした舌の先にも甘い熱が触れて、不意に我に返った。
狼さん、ありがとう…
恐怖も自己嫌悪も消えた表情(かお)で告げられたその一言に、
救われたような、取り返しのつかないことをしたような、複雑な気分に襲われる。
困ったヤツだと、苦笑混じりの呟きで本音を覆い隠し、頬に落としたおやすみのキス。
掻き乱しているのはお互い様だ。
楽しんでなどいないのも充分、承知している。
だが、そんな風に茶化さなければ、
知られたくない過去を伏せたまま、欲しいという望みに歯止めが掛けられなくなりそうで…。
軽い溜息と伴に、揺らぐ天秤の『立場』の皿に一つ、錘を足して。
細い背中をそっと抱きしめ、安らいだ寝息をずっと聞いていた。
fin.
2013,07,29
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