play into your hands

 ウサギさんに借りたレシピ本を読みながら、大きな欠伸をする。
 頭に入らなくなってきたし、少し早いけど寝てしまおうかしら…。
 本を閉じ軽く伸びをしたティアナは、戸締りを確認する為に立ち上がった。
 狼さんは飲みに誘われ、レストランに行っている。この時間に一人きりなのは久しぶりで、淋しさの片隅に今日はほんの少しだけ、ほっとしたような気持ちがあった。
 本当に、あとちょっとでいいから手加減してほしい…。
 互いの真意が判らず擦れ違っていた頃を思えば、限りなく贅沢な溜息が零れたのとほぼ同時に、玄関の鍵を回す音がしてドアが開いた。
「ただいま」
「狼さん、どうしたの?」
「おまえなあ、ただいまの返事にどうしたはないだろう?」
 テーブルへと歩み寄ってきた狼さんは、苦笑したまま前屈みにこちらの顔を覗き込む。
 帰宅した夫への第一声が「どうしたの」は、確かにまずかったかもしれない。ごめんなさいとティアナは素直に謝った。
「今夜は帰ってこないと思ってたから…」
「こんなに可愛い新妻がいるのに、朝帰りするわけないだろう」
「ふふっ」
 ふんわりと抱きしめられ、改めてお帰りなさいのキスをする。
 啄むように幾度か重ねた後、下唇を舐められたところで慌てて一歩離れた。
「でも、今日はしないわよ」
「おい」
「私、もう眠いの」
 昨夜しつこいくらいに攻められたせいで、今朝は気怠く、起きるのが大変だった。
 大好きな人と肌を合せるのはとても嬉しくて幸せだし、感じる部分は既に知り尽くされていて、狂おしいほど気持ちよくしてもらえる。
 ただ、与えられる快感が濃厚過ぎて、連日では身体が持たない。
 強引に迫られた時には毎回容赦なく殴っているが、それは最後の手段として、まずはきっぱりと宣言した。
「引き留める連中を置いてきたのに、つれないな」
「だったらまた、レストランに行ってくれば?」
 大袈裟に落胆する様子を、わざと冷たく突き放す。
 ここで絆されてしまっては元も子もない。
 対する狼さんはしばらく思案顔をしていたものの、やがてにやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「未だに俺に熱い視線を送ってくる女はたくさんいるんだが…。
 新婚の嫁に拒まれたなんて言ったら喜んで寄ってくると思うが、いいのか?」
「い、いいわよ、別に…」
 狼さんを諦めていない女(ひと)が、今も少なからずいるのは知っている。
 けれど今更引っ込みがつかず、一人部屋に向かう振りで背を向けた。
 売り言葉に買い言葉でこんなことを言いつつも、浮気は絶対にしないと信じている。
 それでも以前レストランで見た、スタイルの良い美人と寄り添って談笑している姿が脳裏にちらつき、鼻の奥がつんとする。
 ぎゅっと目を瞑り、嫌な記憶をどうにか追い出すと、
「……バカ、泣くくらいならそんな意地を張るなよ」
「泣いてないもの…」
 不意に後ろから肩を抱き竦められ、耳にやさしい囁きが触れる。
 もちろんすぐに反論したが、半分涙声では全く説得力がなかった。
「まあ、おまえらしいけどな。それに俺も悪かった。
 俺は女が抱きたいんじゃない。おまえが欲しいんだ。…判ってるだろう?」
「………」
 判っている。
 そして、いつのまにか眠気はすっかり覚めてしまい…。
 つまらないヤキモチを焼いた分だけ、逞しい腕の中で愛されたくて仕方なくなっていた。
「―― あんまり激しくしないなら、……しても、……いいけど…。
 その代わり、明日の朝ご飯が手抜きになっても知らないわよ?」
「じゃあ明日の朝はゆっくり寝て、レストランに食べに行こう。それでいいか?」
「……うん…」
 言い終わらないうちに前を向かされ、あっという間に唇を奪われる。
 これじゃ結局、狼さんの思う壺だわ。
 悔しいのに、繰り返される口付けに反抗心ごと甘く…深く溶かされて。
 熱く絡まる舌に、いつしかティアナは夢中になっていった。

fin.

2011,06,12

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