夕方から降り出した霙混じりの雨が時折窓を叩く。
次第に激しくなる風音に包まれたダイニングで、器用に編み棒を動かす様子を黙って眺めていた。
楽しそうに作っているマフラーが自分のものなのが嬉しい。思わず相好を崩すと、戸惑いがちにティアナが目を上げた。
「狼さん…?」
「ん?」
「…な、何でもないわ」
じっと見られているのが恥ずかしいのだと察したが、わざとらしくとぼけてみせる。
慌てたように白い毛糸を手繰り、先刻よりやや俯いた顔がほんのり赤くなっている。
そこに触れたい衝動を飲み込み、遣り場のない手で頬杖をついた。
本格的な冬が訪れる頃には、ティアナはだいぶ笑顔を取り戻していた。
だが重ねる温もりは、哀しみや淋しさを慰める意味合いの方がまだ強い。
彼女の気持ちがかなりこちらに傾いているのは知っている。
なのにもう一歩踏み込めないまま…。もどかしさ以上に、保護者とも恋人とも違う、名付けられない曖昧な関係に甘えていた。
今も慕う母親を殺した俺は、おまえに赦されるだろうか…?
小さな手を、全身を、血に染めた記憶を思い出したら、酷く脆い一面のある心は壊れてしまわないだろうか…。
憎まれるのを恐れ、傷つけるのを厭い…。
隠し続けるのが最善でないと分かっていても、事実を告げる決断は未だ下せなくて ――― 。
胸を塞いでいく逡巡を悟られぬよう、天気を確認する名目で立ち上がる。
「荒れてきたな。朝には収まるといいんだが…」
「そうね…」
一層唸る風と打ちつける雨に思い出したのは、同じ一夜だったのかもしれない。
ぽつりと答えた口調はいつも通りだったのに。濡れたガラスに映る姿が泣き顔に見えて眉を顰めた。
強がらなくていい。
他の男を忘れる為で構わない。一番傍にいて頼られず、一人で泣かれる方が余程辛い。
ゆっくりと踵を返し、テーブルに手を置くと軽く屈んだ。
「……嵐が怖いなら、外の音なんて聞こえないようにしてやるから…」
「―――」
躊躇いつつもマフラーがバスケットに戻されたのを合図に、華奢な背中を引き寄せる。
両手が首に回され零れた、
ごめんなさい…
掠れた呟きは敢えて気付かなかった振りをして、強く抱きしめた。
「愛してる…」
「…狼さん……」
唇を合わせる一瞬前、甘く絡んだ視線。
僅かに潤んだ瞳の奥に、誰の代わりでもなくいる自分が確かに視えた気がした。
「愛してる……ん…ティアナ…」
やわらかな肌が纏いゆく熱は、それぞれの痛みを密やかに溶かしていく。
ふたりで感じる快楽も、傷をただ舐め合っているだけではないから。
少しずつ変化しながら続く、迷いは螺旋を辿るのに似て。
けれどその先に出口を見付けていつか、何のわだかまりもなく愛情(おもい)を交わせる日が来るように…。
そっと願い、はだけた肩に指を添わせた。
fin.
2011,07,10
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