celebration

 日付が変わって小一時間程過ぎた頃。
 無数の星の光の中に白い翼を見付けたクライヴは、剣を静かに鞘に収めた。
「こんばんは、クライヴ」
「ああ。…すまないな」
「いえ…」
 心苦しさの残る複雑な胸中が、口調(こえ)にもつい出てしまう。
 それは天使も同様で、言葉少なに返る笑顔は、僅かではあったがいつもより硬かった。
「リリィ達に、なんだかすごく気を遣わせてしまいましたね…」
「そうだな…」
 やや困惑気味に頬を染めるアリアに、彼も微苦笑で相槌を打つ。
 天使の誕生日である今日は、以前から、できるなら一緒に過ごしたいと願っていた。
 だが、想いを告げ合った時の、半ば熱に浮かされた感覚が落ち着いてくると、“天使の勇者”であることが、今まで以上に重い意味を持っているように感じられた。
 対するアリアは、恋愛に関しては特に控えめな傾向がある。
 そこに互いに相手を尊重する、若干過剰と言えなくもない配慮が加わり、結果として双方とも、前にも増して遠慮がちになっていた。
 交代でクライヴに同行し、ふたりの関係の変化に気付いていたリリィとシータスは、それも察していたのだろう。
 今夜のこの面会は、そんな状況を見兼ねた彼らの強い後押しによって実現したものだった。
 逢えたことは嬉しく、妖精達にも感謝している。
 ただ、あの夜の約束はまだ誰にも話していない。知られてもいないと思っていた分、気恥ずかしさが前面に出てしまっていた。
 更にクライヴにはもう一つ、消し切れない苦さを抱える理由があった。
「……アリア、何か欲しいものはないか?」
「クライヴ?」
「ずっと考えていたんだが…。
 ……すまない。結局、君に何を贈ればいいのか判らなかった…」
 自ら進んで誰かの誕生日を祝うのは、これが初めてだった。
 そのせいもあるのだろうか。特別な日だと思えば思うほど、店に並ぶ品はどれも、何かが足りないように見えて…。
 愛おしさ故の苦渋。待ち望む気持ちと裏腹に、高まる焦燥。
 正負が入り混じる感情を、上手く処することができないのが酷く、もどかしかった。
 けれど、思わず微かに逸らした視線を、意を決して戻した瞬間(とき)だった。
「…その答えは、来年まで待ってもらえますか?
 今日は、クライヴに逢えただけで充分です」
「―――」
 天使は、首を小さく傾げて微笑う。
 意図的ではなかったのかもしれない。それでも“来年”という言葉は、ずっと傍にと交わした約束をより、確かなものにしてくれるようで ――― 。
 そして凝り固まっていた気負いも、彼女が嬉しい時に無意識によくしている仕種を見つめているうちに、不思議なほど跡形もなく氷解していく。
 同時にクライヴは、自分が見失いかけていたことにようやく気が付いた。
 何かを贈る行為は、祝意を伝える為の一手段だ。
 なのにいつのまにか、本末転倒になっていたのだと…。
「一番大事なことを忘れていたな…」
 大切な存在(ひと)の総てが始まった日に、その歓びを伝えられる。
 それがどれほど幸せなことなのかを、改めて感じて。

      だから今、
      君に、

      ささやかだけれど深い、
      想いを込めたこの一言(ことば)を……。

「アリア…。
 ―― 誕生日、おめでとう」

fin.

2006,01,01

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