closed rain

 窓を鳴らす夜半(よわ)の雨に幸福な微睡みを邪魔され、クライヴは気怠げに薄く目を開けた。
 条件反射で隣に腕を伸ばしたが、返ってきたのは、シーツに残された味気ない微温みだけだった。
 半分起き上がり、ベッドサイドの灯りを点ける。
 ぼんやりと浮かび上がる寝室の内(なか)に、深更に降る水の気配が次第に重く広がっていく。
 淋しいような息苦しいような、曖昧な不安に衝き動かされてドアを見遣ると、ちょうどその扉が遠慮がちに開いた。
 忍び足で入ってきたアリアは、彼が目を覚ましていることに気付くと急いで駆け寄ってくる。
 仄暗い中でも明らかにサイズが合っていないと判る ―― どうやら数時間前まで彼が着ていたシャツに身を包んでいる姿に驚いたが、慌てなくていいと声を掛けた矢先に、足元が縺れてバランスを崩した上半身が大きく傾ぐ。
 微かな悲鳴より早く両手を差し伸べ、ベッドへと倒れ込む幼妻の身体を、クライヴはしっかりと受け止めた。
「…ご、ごめんなさい…」
「いや…。大丈夫か?」
 胸に顔を埋めたまま、はい、という若干息を弾ませた返答(こたえ)が、強い雨音に混じって辛うじて耳に届く。
 少し間(ま)を置き、どうした? と二つの意味を併せて問うと、アリアは一旦呼吸を整えてから極まり悪そうな笑みを浮かべた。
「喉が渇いて起きたんですけど、寝ぼけていたみたいで、間違えて着てしまって…。
 ……それで、あの…」
「ああ、そのままでいい…」
 肌を重ねた後だとはいえ、この状況でそれを脱げというのは、彼女には少々酷だろう。
 しかもそもそもの原因はおそらく、久しぶりの長い休みの前夜ということで、ついいつもより無理をさせてしまった自分にある。
 だが…。
 元々身長差がある上にアリアは華奢な為、シャツは肩がかなり余り、手も完全に袖口に隠れてしまっている。寝室(ここ)に戻ってきた時には、裾が膝に掛かっていた。
 加えてボタンが真ん中の数個しか留められていないせいで、先程から、胸元や腿が見え隠れしている。
 その様子には可愛らしさと同時に、本人は全く意識していないようだが無防備な色香があり、何も身に着けていないよりも寧ろ、目の遣り場に困ってしまう。
 それが愛しさと相俟って、クライヴは改めて小さな双肩を抱き寄せた。
 雨の勢いは更に激しくなり、まるで部屋ごと外界から切り離されていくような、錯覚めいた浮遊感に捉われる。
 先刻の彼と似た心細さを覚えたのか、袖越しの指先が不意に背中に回された。
「……さっきこのシャツを着ていて、一人なのにすぐ傍にクライヴがいるような、後ろから抱きしめられているみたいな、不思議な感じがしたんです。
 でもやっぱり、実際にこうして腕の中にいられる方が、どきどきする気持ちも安心も、ずっと大きいですね」
「―――」
 愛し合った甘い余韻はまだ、心身伴に残っていて。
 いつのまにか何より近しく感じ合えるようになった肌(はだえ)の温もりと、一緒に暮らし始めて一年半以上経っても失われない初々しさに、もう一度深く触れたいと、抑えようとしていた熱が再び、押し寄せてくる。
 思わず頬に手を遣るが、どう言えばいいのか、それ以前に彼女をまた求めてもいいのかを迷い、ただ青い瞳を見つめることしかできない。
 けれどアリアは、やや恥じらいながらもそっと微笑んで頷いた。
 相変わらず彼女は、遠回しな言葉の駆け引きは不得手なのに、こんな時には視線だけで全てを判ってくれる。
「……愛している…」
 今夜も幾度となく繰り返した睦言を、猛雨の音に掻き消されぬよう、耳元で囁いて。
 徐々に濃密さを増す口付けを交わしながら、クライヴはゆっくりとシャツのボタンを外した。

fin.

2006,06,11

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