ずっと傍にいてほしい
それを天使に求めることの意味を、充分に理解しながらそれでも、希まずにいられなかった。
待っている
そう告げて、思わず抱き寄せようと伸ばしかけた手を止める。
今触れたら、過ちと知りつつもう二度と、離せなくなりそうだった。
そんな逡巡に気付いたアリアは淡く微笑む。
そして彼の肩に掴まり、翼も使って背伸びをすると、初めて自分からクライヴに口付けた。
「―― 必ず、戻ってきます…」
ひとときの甘い温もりをくれた桜色の唇が紡ぐ約束に、ゆっくりと頷いて。
彼女の瞳と同じ色の空に消えていく両翼を、立ち尽くしたまま見つめていた。
過去からふっと引き戻されるように、不意に短い午睡が終わる。
ただ、夢の余韻はすぐには覚めずに、一瞬、自分が何処にいるのか分からなかった。
「あ、クライヴ、起きちゃいました?」
耳に届く、やさしい声。
気怠さの残る身体をソファーから起こすと、柔らかそうなタオルケットを手にして微笑む、彼の天使がそこにいた。
だがその背に、処女雪よりも白い羽根はない。
「……アリア…?」
「はい? …どうしたんですか?」
まるで存在を確認するかのような問い掛けと眼差しに、アリアは不思議そうに首を傾げる。
次第に戻ってくる現実感に、クライヴは微かな自嘲と伴に前髪を掻き上げた。
「……堕天使を倒した後、君が天界に帰った時の、…夢を見ていた。
だからまだ、その続きなのかと思った…」
苦笑めいた口調にアリアは小さく微笑って、静かに恋人の隣に腰掛ける。
そうして無言で彼の手を取ると、そっと自分の頬に当てて瞳(め)を閉じた。 ☆
「夢じゃ、…ありません。私はここにいます。あなたの傍に。―― ずっと…」
「―――」
無意識のうちにクライヴは、細い肩を引き寄せて強く抱きしめる。
翼を失くした身体は、何時(いつ)でも簡単に、腕の中に収まってしまう。
でもだからこそ、華奢な背中に触れていると、先刻彼女がくれた言葉が胸の奥で、より確かなかたちになっていくようで…。
「…そう、……だな。ありがとう…」
晴れた空の色をした明眸を見つめる。
腕を少しだけ緩めると、窓から射し込むやわらかな陽射しを受けながら、一度めは軽く、それから深く唇を重ねた。
降り注ぐ陽光(ひかり)や青い空の美しさも、
君と出逢わなければきっと、知ることはできなかった。
こんな、穏やかな休日の午後を、幸せだと…感じることも。
だから、願う。
いま手にしている、その全てをくれた君の笑顔が、
変わらずにあることを。
そして、いつまでも傍(とも)に在れることを ――― 。
「アリア」
愛しい存在(ひと)の名を、大切に大切に口にする。
また、想いを繋ぐ永いキスの後で、クライヴは我知らず呟いた。
「……愛している」
それは、深淵の昏闇から暖かい光の世界へと導いてくれた彼だけの“天使”への、
―― 永遠の、……誓いの言葉。
fin.
2005,03,06
初出(コピー誌「Eternal」に収録) 2001,07,07
※イラストは、コピー誌収録時に南侑里さまに描いていただいたものです
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