少し遅い昼食の後で、ふと、良く晴れた青い空を仰ぐ。
ふたりで腰掛けた簡素な造りのベンチの上に、鮮やかな緑の葉の隙間を抜けて降る、桜花の頃よりやや強くなった陽射し。
その、幾重にも重なって瞳に届く光の結晶(かけら)に、クライヴは瞬きと伴に手を翳した。
涼やかな風が過ぎて、園内の木々が一斉にさざめき出す。
眩しさに目を細めつつ、もう一度、淡く揺れる影を落とす枝の向こうを見遣る。
そんな横顔に、数ヶ月前までは純白の両翼で天と地とを繋いでいた少女が、何処か安堵したように微笑った。
図らずも視線を戻した時に見付けた天使の微笑みが、今まで目を奪われていた木漏れ陽よりも鮮烈に彼の心を捉える。
そしてクライヴは、今朝彼女と交わした何気ないやり取りを思い出した。
今日のお昼は、公園で食べませんか?
寝室の窓を大きく開けて天気を改めて確認すると、笑顔で振り向いたアリアはそう口にした。
敢えてそれに反対する理由などなかったし、嬉しそうに準備をする姿はとても可愛らしかった。
無邪気な、彼女らしい提案だと思っていたのだが、先刻の表情で、気付く。
きっと彼女は初めから、この新緑の景色を見せたかったのだと…。
―― ありがとう。
伝えたかった一言(おもい)は、また吹き過ぎる風と葉ずれのざわめきに紛れて消えていく。
それでも、そっと彼を見つめ返す眼差しが教えてくれる。
聞こえなかったはずの言葉は、けれど確かに、大切な存在(ひと)に届いたということを…。
更に強く胸の最奥を震わせる、愛しさが音として形にならない。
だが今日は、なんだかこのまま彼女に甘えてしまいたくなって、クライヴは不意に恋人の肩に額を当てた。そうして華奢な身体に軽く寄り掛かると、目を閉じる。
「―――」
アリアが、驚いて思わずあげかけた声を辛うじて飲み込む。それからひと息置いて、ふわりと微笑んだのが何故か分かった。
細い指が、撫でるようにやさしく、黒髪を梳いていく。
眠った振りに、気付かない振り。
それは傍(はた)から見れば、取るに足らないものかもしれないけれど。
こんな戯れも、たまには悪くないだろう。
初夏の風に、まだ若い緑の匂いが広がる。
日々少しずつ彩(いろ)を変えていく空から、降り注ぐ陽光(ひかり)。
これからも、季節が変わるごとに君と、
こうして、陽射しと風と緑の中で、
特別なことは何もない。
でも幸せで、満ち足りた午後(とき)を過ごそう ――― 。
瞼を閉じたまま、愛しい恋人(ひと)の温もりと微かに甘い髪の香りを感じる。
不思議な心地好さに包まれながら、いつのまにかクライヴは本当に、やわらかな午睡に引き込まれていった。
fin.
2004,04,12
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