鋭く振り下ろされた刀が、墓場に徘徊する魔の者達を、元の、物言わぬ死体へと変えていく。
新月の闇夜を切り裂いた煌く一閃に、アリアは思わず見惚れずにはいられなかった。
妖精の探索の結果を受けてやって来た、勇者候補のいる辺境の地。レシュノを訪れた時、“彼” ―― クライヴ・セイングレントは、正に自分の仕事をこなしている最中だった。
ヴァンパイアハンター。アンデッド系の魔物を退治することを生業とするこの青年についてのフロリンダの報告には、だが気に掛かる内容が含まれていた。
フロリンは、ちょっと怖いです。
うーん、ちょっと、フツーの人とは違う感じがします。
ただその後でフロリンダが言っていたように、彼の剣の腕が確かなことは一目瞭然だった。
インフォス守護の時にもサポートしてくれていたパートナーの能力を、アリアはとても信頼している。
だからこそこうして、勇者を依頼しに来たのだが…。
敵との力の差は歴然としていて、彼は次々と、顔色一つ変えずにアンデッドを薙ぎ払っていく。
あまりの冷淡さに、ぞくりと背中に震えが走った。
フロリンダの言葉が的確だったことが分かる。
怖いと、正直、思ってしまった。なのに、もう視線を逸らせない。その場を動くこともできなかった。
眼前の不死人に向けられた冷めた眼差し。そこに浮かんだ一瞬の脆さ ―― 危うさに、気付いてしまったからかもしれない。
一見表情のない紫紺の瞳の中に、
けれど垣間見えたのは、強い怒りの感情。
最奥に隠された、
既に他者の介入を許さないまでに凍りついてしまった、
深い深い、……孤独。
しかしそれは、彼が最も厭わしく思っているものなのだと感じた。
彼が本当に、求めるものを知りたかった。
そしてその希みを叶えたかった。―― 無条件で。
地上の人々の、これまで出会った“大切”な人達の幸せを願うのと、それは何処か違っていて。
酷く、切ない気がするのは、……何故だろう…?
初めての気持ちは、戸惑いを伴って次第に胸の内を占領していく。
そんな感情(おもい)を何と呼ぶのか。春の陽射しのような髪と晴天の青を映す瞳を持つ、この少女はまだ識らない。
唯一分かるのは、
その心に触れるには、きっと、相応の覚悟がいるということ。
同じ痛みを、苦しみを、全部受け止められるほどに。
先刻から自分の天使としての感覚が伝えてくる、彼の持つ闇の気配に、怖れず向き合えるほどに。
係われば、傷つくのは目に見えていた。
―― でも、それでも、……いいと思った。
戦闘は、呆気なく彼の勝利に終わる。
刀を収めたのに気が付いて、アリアは慌てて翼をはためかせた。
静かに“勇者候補”の前に降り立つ。長身の彼を、今度は見上げる形になった。
「あなたは、クライヴ・セイングレントですね?」
微笑んで、名前を呼ぶ。
背を向けかけていた青年は、不審そうにこちらを見て。
そして、時の流れさえ錯覚させるかのようにゆっくりと、紫石英の双眸が、空の色をした瞳を捉えた。
それが、全ての始まり。
誰に知られることもなく、
互いの未来を予測もしなかったものへと変える運命が今、緩やかに……巡り始めた。
fin.
2001,09,10
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