白い首筋に唇を滑らせ、いつものように“印”を刻もうとすると、アリアが焦ったようにそれを止める。
触れられること自体を拒んでいるのではないらしく、クライヴは訝しげに頬に手を遣った。
「アリア?」
「…ご、ごめんなさい、…えっと、あの、……そこは、他の人にも見えてしまいますから…」
羞恥の為か、半分泣きそうな表情(かお)でアリアは彼を見上げる。
そういえばこの前肌を合わせた翌日、買い物から帰ってきた彼女の様子が少し、おかしかった。
おそらく良く行く市場の、気は好いが噂とおしゃべりも大好きな所謂おばちゃん連中に見咎められ、冷やかされでもしたのだろう。
アリアのお人好しは翼があった頃と変わりがなく、当初はその無邪気な笑顔を、自分に向けられた特別なもの、と勘違いする輩も多かった。
実は彼としてはそんな余計な“虫除け”も兼ねて、敢えて他人の目にも留まりやすい場所に痕を残していたのだが…。
この街で暮らし始めて数ヶ月。ふたりの仲睦まじさは既に周知になっている。
もう、無理強いまでする必要もないか…。
そう思い返していると、
「……クライヴ…? あ、あの…」
怒らせてしまったと思ったのか、空色の瞳が不安げに揺れる。
安心させるようにゆっくりと抱きしめると、クライヴは恋人の耳元にやや悪戯っぽく囁いた。
「―― 他の奴に見えない処ならいいか…?」
「…ク、…クライヴ!?」
真っ赤になり、先刻よりも慌てふためいているアリアを、性急に答えを求めることはせず、ただやさしく見つめる。
やがて、彼の天使は小さく頷いた。
それにやわらかく微笑い返し、軽くキスをする。
そして髪を撫でながら、クライヴはもう一つ問い掛けた。
「アリア、どうしても明日の午前中にしなければならないことはあるか?」
「いえ、特には…」
「それなら、今日は夜更かししても大丈夫だな…」
「………。
……はい…」
言葉の意味に気付き、顔を赤らめたまま再び頷いてくれた天使の髪に、また静かに触れる。
そうして甘く深く唇を重ねると、応えるように、アリアは細い両腕をそっと彼の背中に回した。
fin.
2005,10,02
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