Return to you

   何時(いつ)も。
   きっと何処にいても。
   心は、あなたへと還っていく ――― 。

 休日の前夜は、ゆっくりと愛し合う。
 次の日は、揃って朝寝坊して。
 目が覚めても緩やかに抱き寄せたまま、他愛ない言葉と軽いキスを交わす。
 カーテンが陽射しの眩しさを和らげて、ほのかな光が部屋を包んでいく。
 いつまでたってもこんな時間に慣れ切ってしまうことはできないのか、少し恥ずかしそうに腕の中にいたアリアが、不意に小さく微笑った。
 瞳だけで問い掛けると、くすくすと楽しげに彼女は続けた。
「さっき見てた夢なんですけど…。
 いろいろな動物達がたくさん集まっていて、そこからフロリンダの声がするんです。でも、何処にいるのか全然判らなくて、困ってる処で目が覚めちゃって…」
「………」
 それを聞いて、クライヴも、彼女がこの地上を守護していた時にパートナーを務めていた、少々変わった着ぐるみ妖精の姿を思い出す。
 ついでに、アリアが彼の元に残ると知ったフロリンダに、『天使様を泣かせたらカンガルーパンチですからねっ!』と涙目で凄まれたことも。
 肌を合わせた翌朝の話題としては色気の欠片もなかったが、恋人の愛らしい笑顔に、クライヴはそのまま話の続きを促した。
「昔、本当にそんなことがあったんです。お休みしているフロリンダを迎えにいったらリスの群れの中にいたんですけど、なかなか見付けられなくて…」
 翼を持っていた頃いつも助けてくれていた、もう会うことはできない友。
 思い出を辿る眼差しには、やわらかな郷愁が含まれていた。
 髪を撫でて、やさしく問う。
「……懐かしいか?」
「そう、…ですね。確かに懐かしいです。
 でも、今の私が帰るのは、還りたいのはここだけだから…」
「そうか…」
「ええ」
 にっこりと、アリアは微笑む。
 その瞳に口付けて、間近で視線を絡ませた。
 自然に触れ合わせた唇。微風が掠めるようにそっと、昨夜の名残りのように深く、幾度かそれを重ねて。
 窓の外に、朝の賑わいが広がり始める。
 鳥達が飛び立つ音が遠く響いて、純白の両翼が夜の中に降り立つ瞬間がふと、脳裏を過って消えた。
 そして焦がれ続けた春の陽と青い空は、今こうして自分を見つめてくれている。
 ―― 幸せだと、改めて思わずにはいられなかった。
「…あの、クライヴ?」
「ん?」
「天気もいいし、今日は午後から出掛けませんか?」
「何処か行きたい処があるのか?」
「そういうわけじゃないんですけど…。
 あ、久しぶりに、ふたりでのんびりお散歩したいです」
「………」
 彼女の希むことは、いつだってこんな風にささやかで。
 それは元天使だからというより、彼女らしさなのだろう。
 くっと軽い笑みを漏らしたクライヴを、アリアは不思議そうに見返した。
「…私、何か変なこと言いました?」
「……いや。…そうだな、それなら、月皓花(げっこうか)を見に行くか? そろそろ満開の季節だろう」
「はいっ!」
 無邪気な笑顔にまた、キスを落とす。
 もう少しこのままで、と言葉にする代わりに背中に回した腕の力を強めた。

      一番大きくて大切な願いが叶ったから、
      今も叶い続けているから、
      それだけでいいの。

      ずっと、傍にいさせてね…?

 零れた吐息を、直に肌で感じて。
 双眸(め)を閉じて、伝わる温もりが教えてくれる彼女の想いを、クライヴは一緒に抱きしめた。

fin.

2003,06,10

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