五月にしてはひんやりとした夜気が寝室を包んでいる。
クライヴは恋人を軽く抱き寄せ、肩に毛布を掛け直した。
「今夜は冷えるな」
「ええ。リラ冷えですね」
「リラ…。前に君が教えてくれた花か?」
「はい。今日市場で聞いたんですが、リラが咲く頃に一時的に寒さが戻ることがよくあるそうです。
羽織るものは、まだ仕舞わない方がいいですね」
「………」
弾む声音が耳に心地好いが、理由は正直分からない。
僅かな沈黙で疑問を察したのか、アリアはやや視線を落とし、はにかんだ。
「一人ではしゃいでごめんなさい。
季節を肌で感じられるのが嬉しくて…」
天使や妖精は地上の気候に左右されない。何かの折にリリィがそんな話をしていた。
任務を滞りなく遂行するには都合が良いが、天使様はそれを残念がっていると…。
言われてみれば、
「真冬の厳しい寒さの日も、君はとても楽しそうだったな」
「なんだか私、子供みたいですね」
「いや…」
静かに首を振り、自嘲めいた微苦笑が浮かぶ唇をそっとなぞる。
親指を幾度か滑らせた後に落とした、淡く掠めるだけのキス。
予期せぬタイミングだったのだろう。きょとんとした表情(かお)が可愛くて、次はもう少し長めに重ねた。
「君と過ごせたおかげで、冬には冬の、春には春の良さがあると気が付いた。
俺にとって、季節が初めて、意味のあるものになったんだ」
「私も…、クライヴと一緒だから、毎日幸せを見付けられるんです」
毛布の中で、引き合うように同時に伸ばした手が触れる。
そのまま自然に指を絡めると、繋いだ温もりが、ささやかだが確かな幸せになる。
愛しい人が傍にいるのなら、こうして不意に肌寒くなる夜も悪くないと思えた。
「夏に向けて、空気や陽射しもまた変わっていくんですね」
「そうだな。ただこの辺りは夏も短い。
折角だし、南の方へ旅行してみるか?」
目の前の春空が期待に輝き、しかしすぐにこちらを気遣う色に変わる。
「……でもクライヴ、暑い処はあまり好きじゃないですよね…?」
「やはり君は誤魔化せないか。
得意ではないが…。痩せ我慢をして、何処だろうと大差ない服装でいたせいもあるしな。
昔見過ごしていた景色も、行ったことのない場所も、君とふたりで歩いてみたい。どうだ?」
「行きたいです!
だけど、絶対に無理はしないでくださいね」
「ああ」
結局、その晩は遅くまで、あれこれと旅行の計画を練り…。
翌朝揃って欠伸をするたび、まるで小さな秘密を共有する子供のように視線を合わせて微笑った。
fin.
2013,05,31
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