腕枕で眠る恋人の寝顔を、クライヴはずっと飽くことなく眺めていた。
まだ仄かに熱の残る頬に掛かる髪を払い、先刻甘い声を聞かせてくれた唇にやさしく触れる。
ちょうどその瞬間(とき)だった。
「…クライヴ」
不意に名前を呼ばれて、起こしてしまったのかと少々慌てる。
だが、空色の瞳は閉じられたままで…。
寝言だったのかと安堵し、再び腕の中の天使を見つめる。
余程良い夢を見ているのだろうか。アリアの口元にはやわらかな笑みが浮かんでいた。
つられてなんだかこちらまで嬉しくなるのと同時に、こんなにも幸せそうに呼び掛けられている夢の中の自分に、思わず軽く妬いてしまう。
そんなやや子供染みた心の動きに、クライヴは僅かに苦笑した。
懐かしいような、不思議な感覚がふっと胸を掠める。
以前にも彼女と一緒にいる誰かに、良く似た思いを持ったことがある気がした。
静かに目を伏せ、記憶を辿る。
しばらくして彼が思い出したのは、ある男の何処か人を食ったような横顔だった。
もう一年半以上前になるのだろうか。同行していた彼女と任務地へ移動する途中で初めて、他の“天使の勇者”に会った。
アリアは男の軽口めいた発言を窘めてはいたが、傍目には両者の関係はとても親密に見えた。
今にして思えば、彼女は普段通り勇者と接していたに過ぎないのだろう。
しかし当時の自分にとっては、彼らが談笑している様は酷く不快だった。
ただ、理由は掴めなかった。だから無意識のうちに、苛立ちを違和感に摩り替えた。
それまで、翼を現したままの天使と地上の人間が話しているのを目にしたことはなかった。見慣れない光景に不自然さを感じているだけなのだと、そう思い込むことでどうにか、平静を保っていた。
けれどこうして、改めて思い返してみれば、分かる。
単に自分は、彼女と楽しげに言葉を交わすあの男に、嫉妬していただけなのだと…。
心の表層と深層で、相反する感情ばかり抱えていた頃を振り返るといつも、微かな苦さが付いてくる。
それでも ――― 。
そんな日々さえ、否定してしまうことはできない。
君と伴に在った時間は、
それだけで、
忘れ得ぬ、大切なものだから……。
彼女と出逢ってからの様々な出来事が、取り留めなく浮かんでくる。
ふと強く抱きしめたくなったが、安眠を妨げてしまうのは本意ではなかった。
代わりに肩に回した腕に、ほんの少し力を込める。
そのままクライヴは、愛しい恋人(ひと)の額にそっと口付けた。
「愛している…」
昔も、―― 現在(いま)も。
指先からゆっくりとアリアの頬に触れて。
陳腐かもしれないと自嘲しつつも真摯に、この想い(ことば)が眠りの中へも、届くことを願った。
今度は瞼に、やさしいキスを落としながら、
叶うのなら今夜、
ふたりで、同じ夢を見られるように。
夢(そこ)でまた、君が微笑ってくれるように ――― 。
fin.
2004,05,17
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