荒い呼吸を少しずつ整えながら寄り添い合う。
無意識に支えを求める細い手を取り、また指先を絡めるように繋ぎ直して。
けれどしばらくしても、空の色の瞳は瞬きさえなく伏せられている。
そのまま眠ってしまったのかと思ったが、胸に軽く触れていた唇から零れたのは、寝息ではなくごく小さな笑みだった。
「…アリア?」
「鼓動の早さが同じだなぁって…」
無邪気に微笑い、アリアはクライヴをまっすぐに見つめていたが、やはりもう半分、夢の中にいるのかもしれない。
声のトーンはふわふわと浮き立ち、呂律もやや怪しくなっていた。
思わず微苦笑を浮かべかけたが、幼けなく幸せに溢れた笑顔が、一瞬でそれを消してしまう。
そしてふと、純粋に彼女の言葉を確かめたくなって、クライヴはその動きを一番良く感じられる場所に自然に耳を当てた。
「!? …え、あ、あの、……クライヴ?」
他意のない行動とはいえ、された側にしてみれば驚愕以外の何物でもなく、眠気も一気に吹き飛んでしまったらしい。
硬直して文字通り目を白黒させているアリアを、逆に彼が問い返すように見上げた。
「君の方が、大分早いようだが…」
「…っ、きゅ、急にこんなことされたら誰だって…!」
「そうか…」
頬を染めた抗議に、曖昧な呟きだけで応える。
間近に聴く心音は、乱れてはいるものの不思議に心地好い。
もっと聴いていたくて、振り解けないほどきつくはなく、それでもこのままでいてほしいという想いを込めて、クライヴは改めて両手で華奢な背中を抱き寄せた。
一方アリアは、先刻愛し合っていた時ならまだしも、今はどうしても羞恥が先に来てしまうのだろう。相変わらず身体を硬くしつつも、無下に彼を引き離すことはできずに、思案に暮れているのが伝わってくる。
彼女が本当に嫌がることをするつもりは毛頭ない。
あまり困らせても仕方ないかと緩めかけた腕を、しかし肌に触れて感じた深呼吸が止めさせた。
そうしてやさしい手が、髪と肩をゆっくりと包み込んで。
―― 一年前(あのとき)と同じだな…。
色褪せることのない記憶(おもいで)が、閉じた瞼の奥に浮かぶ。
無論、当時とは互いの関係も状況も、全く違っているのだけれど…。
きっと今でも彼女は、自分にとっては“天使”なのだと思う。
触れている、この背に純白の翼はなくとも。
月の光が水面(みなも)を蒼く震わせていた初夏の湖畔で、怒りも、その裏に隠していた怖れも弱さも全て、受け止めて癒してくれた。
こうして時折不意に身体を預けて、無防備にただ体温(ぬくもり)を感じてみたくなるのは、あの夜が以来ずっと、大きな拠り所のひとつになっているからかもしれない。
次第に落ち着きを取り戻し、一定のリズムを刻む愛しい存在(ひと)の鼓動は、昂る熱を鎮めて穏やかな眠りを誘う。
「……クライヴ…?」
そっと名前を呼ぶ声も、彼に届いた時には既に、温かな子守唄に変わっていて。
髪に降る、おやすみなさいのキスを朧気に感じながら、
いつともなくクライヴは、まるで不安なことなど何もない幼子のように深い眠りに就いていた。
fin.
2006,11,26
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