安堵とも自嘲ともつかない吐息が、俯いたままの天使の口から零れる。
両手で涙を拭うと、アリアは申し訳なさそうに顔を上げた。
「……私、クライヴの前では泣いてばかりですね…」
「俺は全く構わないが?」
寧ろ自分の前では、地上の守護天使として今までひとりで背負ってきたものも、弱さでさえも、有りのままに見せてほしい。
それが彼の、偽らざる本心だった。
まだ濡れている瞳に軽く唇で触れる。
天使は頬を染め、くすぐったそうに数度瞬きする。しかしその表情はすぐに、困ったような複雑な笑みに変わった。
「…クライヴは私を甘やかし過ぎです」
「そんなことはない。君はいつも、ひとりで頑張り過ぎているからな。
もっと、他の人間に甘えていい」
「……勇者の皆さんに、…ですか?」
「………」
彼女にとって“他の人間”とは、言葉通りの意味なら確かに、勇者達を差すのだろう。
アリアは、普段他者が抱える苦痛に対して聡い分、反動のように、自分に向けられる恋愛感情に関しては時に驚くほど鈍感なことがある。
それが分かっていて、持って回った言い方をしたのが悪いのだろう。
内心かなり苦笑しつつも、クライヴはそう思い直す。
もう、彼女への愛しさを隠す必要など何処にもないのだから…。
「―― 前言撤回だな」
「クライヴ?」
「俺以外の男には、甘えてほしくない…」
「!」
打って変わったストレートな言葉と、真摯な眼差し。それから先刻の自分の勘違いにも気が付いて、真っ赤になった天使はまた下を向いてしまう。
だがしばらくして、
……はい。
腕の中、聞こえた小さな返事(こえ)に、彼はやわらかく微笑った。
互いに、初めての想いには未だ、戸惑いもあって。
それでもこんな風にこれから、少しずつひとつずつ、分かり合っていければいいから……。
―― 愛している…。
彼女が人間(ひと)として地上に降りるまでは告げないと決めた言葉を、心の中だけで静かに呟く。
けれどまるでそれが伝わったように、アリアはふと目を上げると、彼が一番好きな、首をやや傾げる仕種で微笑んだ。
それは偶然だったのかもしれない。
でも幸せそうな笑顔が見られたことが、この時はただ嬉しくて。
澄んだ春空の瞳にやさしく微笑い返し、クライヴは無言のまま、恋人の額にそっと口付けた。
fin.
2004,10,17
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