ただ逢うことさえも、許されない恋。
それでも決して、消えることのない想い。
瞳の前をふわりと舞う純白の羽根に、彼は思わず天を見遣った。
しかし青い空を行くのは、白い翼を持つ鳥の群れ。
求めていた、彼の愛しい天使の姿は、そこにあろうはずもなかった。
「………」
堕天使との戦いから、既に二つの季節が過ぎた。
彼女がもうこの地にいないことを認めさせるかのように、
崩壊の危機の去った地上では、時間(とき)が緩慢に流れていく。
なのに想いは、色褪せることなく続いている。
本当は、誰の手も届かない処に連れて行ってしまいたかった。
けれど。
世界が平和になれば天界へ戻るのかと、問うたあの日。
天使としての務めを果たさねばならないからと、
彼女は酷く淋しそうに微笑んだ。
その微笑みに飲み込んだ言葉を、悔いているわけではない。
ただ、逢いたいだけだ。
やさしい瞳を思い出す。
苦しみを包み込むような笑顔を。そして、変わらずに耳に残る声を。
過去の残像でしかないそんな想い出は、それでも、今も彼の心を温める。
「―――」
彼は再び天を見上げると、静かに、愛する女(ひと)の名前を呼んだ。
彼女はいつものように、大切な地上界を見つめていた。
天上(こちら)を見上げる勇者の眼差しに気付いて、思わず目を伏せる。
つきん、と胸が痛んだ。
知っていた。
忘れられないことくらい。
最初から……。
でも、
傍にいたいと、言えなかった。
…言わなかったのは、他でもない自分自身。
臆病だったからではなく。
どうしようもなく、自分が、“天使”でしか有り得ないと分かっていたから ――― 。
「………」
きっともう、逢うことなどなくて。
こうして見守るだけしか、できないのだろうけど。
彼が、微かに口を開く。
その言葉が届いたように。
「―――」
彼女はそっと、今でも心を占めている男(ひと)の名を呟いた。
唇を重ねることも、
鼓動を感じるほど寄り添うこともなく。
互いに、言葉にさえしなかった。
だからこそ、
穢されることも、薄れることもない、想い。
叶わない希みと引き換えに、
そこに確かにある“永遠”を、ふたりともが、識っている ―― 。
fin.
2001,06,13
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