Shine

 大天使達が天界へと戻っていく様をじっと見上げていた白い翼が、ゆっくりと振り返る。
 アルカヤの守護を任されていた天使と、堕天使と天竜をその手で倒した勇者の間にも、別離の瞬間が訪れていた。
 けれど双方とも自分からはなかなか、別れを切り出すことができない。
 天使は長身の勇者をまっすぐに見つめると、初めて出逢った時のように微笑んだ。
「クライヴは、これからどうされますか?」
「レイブンルフトを倒してから、ずっとそれを考えていた。
 怒りや憎しみは、もう、生きていく理由にはならないからな…」
「………」
「アンデッドの襲撃がなくなったとはいえ、辺境の治安はまだ不安定だ。
 だから俺は今度は、辺境を安心して暮らせる地にする為に、剣を使いたいと思う」
「クライヴなら、きっとできます」
「だといいが…」
 正直、自信があるわけではない。
 だが天使の言葉が、陽射しの元で始まる新しい日々にまだ戸惑いを持つ背中を後押しする。
 全てを一度に成すことなど、誰にもできない。
 時間を掛けて、一つ一つ。
 目指すものに少しずつでも、近づいていけばいいのだからと…。

 不意に、どちらからともなく視線が重なる。
 それぞれが胸に秘めている想いを、互いに気付いてはいる。
 しかし告げることは ―― 遂げることはできない想いであることも分かっている。

 だから、最後に…。

「一度だけ、君を抱きしめてもいいか…?」
「……はい…」

 若干躊躇したものの、天使は小さく頷いた。
 その細い身体を、そっ…と腕の中に引き寄せる。
 心は、高鳴るより寧ろ、不思議なほど凪いでいた。

 それは恋人としての抱擁ではなく。
 かといって友愛の情でもなく。
 名付けることのできない、限りなくやさしい温もりを、永遠に憶えていられるように目を閉じた。

「―― ありがとう。君に出逢えて良かった…」
「…私も、あなたと出逢うことができて良かったと、…思っています」
「………」

 それを聞けただけで充分だった。
 しばらくそのまま瞳を合わせて、クライヴは静かに腕をほどく。
 それから、天使が驚くほどやわらかな笑顔を見せた。

「いつかまた、逢おう」
「…はい」
 それが、生命(いのち)を全うし、魂だけの存在になった後だとしても。
 彼女はおそらく、今と変わらぬ姿でいるだろう。
 天使も覚っているのか、少しだけ切なそうに微笑んで。
 けれど違えられることのない、それは確かなひとつの約束だった。

「それでは、失礼します。
 クライヴ、本当に…ありがとうございました」
 天使は、深々と礼をする。
 そして天へと帰る愛しい少女(ひと)を、クライヴは純白の両翼が空の向こうに消えるまで見送った。
 その後で、

「―― 愛している…」

 決して口にすることのなかった本当の想いを初めて、声(ことば)にする。
 だがそれは、未練でも後悔でもなかった。

 過去に縋るのではなく。
 愛する天使が、同じ日々を過ごしたことを誇れる存在になれるように…。
 この想いが、昨日までとはまた別の意味で、これからもきっと、自分を支えてくれる力になるだろう。

 一陣の風に薄雲が通り過ぎて、朝の陽が地上に降り注ぐ。
 澄み渡る眩しい光に手を翳し、もう一度空を見上げて。

 穏やかな笑みと伴に、世界を破滅から救った勇者は一人、新しい一歩を自分から踏み出した。

fin.

2004,01,01

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