ふたつの名前

 得手不得手に合わせて一度進め方を見直しましょうというサナの提案で、その打ち合わせをして、今日の流星の勉強は終わりになった。
 それからわたしの部屋で、『堕落した天界』のアーカイブを見て盛り上がって…。
 揃って身振り手振りを交えて興奮気味に感想を話していると、控えめなノックの音がした。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
「ちょうど何か飲みたいと思ってたんだ。ありがと~!」
 ラヴィニスが手際よくアイスティーを注いだグラスを手に取る。
 流星も早速一口飲んで、満足げに大きく息をついた。
「マリー様、流星様、本日のお夕食、ご希望のメニューはありますか?」
「オレは明日の講義が一限からなんで、すみませんが遠慮して、今日はそろそろ地球に帰ります」
「わたしも一緒に行くから、わたし達の分はいらないよ」
「かしこまりました」
 深々と頭を下げ、ラヴィニスは部屋を辞す。
 早々に空になった二つのグラスにおかわりを注いでいると、いつのまにか流星が難しい顔になっているのに気付く。
 ポットを置き、深い紫の瞳をじっと覗き込んだ。
「流星?」
「……あのさ、魔法の国では、オレも茉莉花ちゃんをこっちの名前で呼ぶべきかな…?」
 わたしが地球で『河合茉莉花』と名乗っていたのは、もう王宮の皆が知っている。
 流星はわたしの婚約者として大歓迎されているし、呼び方が違うことを悪く言う人なんていないけど…。
 魔法の国の文化に一生懸命慣れようとしている流星にとっては、気になる部分なのかもしれない。
 さっきよりもぴったりと寄り添い、思いきり抱きついた。
「流星はそのままでいいよ。―― ううん、そのままがいい。
 流星と薫がたくさん呼んでくれて、何より、流星が告白の時にも呼んでくれた名前だもん。
 最初はお忍びで使う仮の名前って感じだったけど、今では『茉莉花』も、大切なわたしの名前なの」
「茉莉花ちゃん…」
 少し恥ずかしそうに目を細めた流星が、強く抱きしめ返してくれる。
 自然に唇を寄せて、お互いの名前を何度も呼びながら繰り返し深く合わせる。
 長く蕩けるキスの後で、胸に甘えて頬ずりした。
「ねえ、今夜、流星のお部屋に行っていい?」
「うん、もちろん。
 あー、でも、明日遅刻するとまずいし、お手柔らかにオネガイシマス」
「わかってるよー。大学の勉強も大事だもんね」
 快諾に続くフクザツな苦笑いを見て、素直に頷く。
 うーん、だったら…。
「今度のお泊まりで着ようと思って、すごく可愛くてエッチなネグリジェのレシピを準備してたんだけど…。
 今日着るのはやめておく?」
「う、…えーと、今日、……着てほしい、…デス」
 迷うようにしばらく視線を泳がせ、ちょっと歯切れの悪い答えに、「りょうかーい♪」と指でオッケーサインを返す。
「薄いピンク色で、前に見せたのより透けてひらひらしてて…。それにね、穴開きなの!」
「そ、そうなんだ…。……アラームの音、いつもより大きめにしておこうかな…」
「明日はサナに起こしてもらう?」
「……その方がいいかも…」
 期待と困ったがごちゃ混ぜになった表情で、ぼそぼそ呟く様子が可愛い。
 寝坊を心配しつつもしたいって思ってくれてるのも嬉しくて、口元が緩んでしまうのを抑えられないまま、
「じゃあ頼んでおくね!」
 わたしはほんのり赤くなっている頬に、ちゅっと軽くキスをした。

fin.

2018,08,19

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