以前チョコレートを買ってくれた少女と市場で再会し、友達になったこと。
事情があってまだ名乗れないけれど、近いうちに青薔薇園に招待したいと言われたこと。
初めて会った時はドキドキして息が止まりそうになったくらい可愛くて、だけどそれを鼻に掛けたりしない気さくな人柄なこと…。
午後のお茶の支度をしながらくるみは、魔界でできたばかりの友達について、やや興奮気味に話し続けた。
「長い銀髪と大きな赤いリボンも、すごく印象的なの。
今日もいかつい兵士さん達と一緒だったけど、あんなに可愛い子が奥さんなら、つい心配性になっちゃう旦那さんの気持ちも分かるかも…」
別れ際のひときわ可憐な笑顔を思い出し、感嘆の吐息が零れる。
そして柑橘の香りの紅茶をカップに注いだところでようやく、最初は楽しげに相槌を打っていたレオンの渋面に気が付いた。
「ごめんね、私一人ではしゃいで…」
「……ん? ああ、いや…」
どうやら、一方的な会話で不機嫌になっていたわけではないらしい。
言いにくいが、言わねばならない。―― 曖昧な否定の中にそんな迷いを感じ取り、決断を静かに待った。
「おまえが友達になったのは、……魔王妃だ」
「王妃様…?」
重い沈黙に続いた言葉に、しばらく呆然としてしまう。
だが、そうと分かればいろいろ合点がいく。
先刻レオンが言い淀んだのも無理もなかった。
「すまない。もしかしたら俺のせいで、おまえ達の友情に水を差してしまうかもしれない…」
一瞬、赤月に身を捧げると決めた夜へと飛んだ意識を、引き戻す憂慮の声。
かつての過ちにまた、大切な女(ひと)を巻き込んでいる。
自責に沈む瞳を見つめ、くるみはテーブルに置かれた手に、そっと自分の手を重ねた。
「大丈夫。今のレオンを知れば、あの子ならきっと、許してくれると思うの」
それは単なる気休めではなく、彼女の人となりからの確信だった。
おそらく、問題は王妃ではなく…。
「ならいいのだが…。
俺が魔王の不興を買ったままでは、この先おまえが肩身の狭い思いをすることもあるだろう。いずれにせよ、正式な謝罪は必要だな。アインスとも相談するから、悪いが少し時間をくれ」
「うん、ありがとう」
懸念は残るものの、レオンの何処か吹っ切れた様子に安堵する。
過去と向き合い、現在(いま)だけではなく未来まで考えてくれているのが嬉しかった。
「俺に何より大事にしている婚約者がいて、もう決して目移りしないと分かれば、魔王もおまえ達が会うのを止めたりはしないだろうしな」
「―――」
―― あの子が、レオンが一目で気に入った女の子…
嫉妬ではない、でもちょっとフクザツな気持ちは覚られないようにしたつもりなのに、あっさり見抜かれてしまったのが恥ずかしい。
「そ、そうだ、美味しいお菓子をお裾分けしてもらったの!」
赤面を誤魔化す為に慌てて席を立つ。
愛おしさに満ちた眼差しを感じつつ、くるみはあたふたとお茶請けの用意を始めた。
fin.
2020,07,14
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