片付けを済ませ、キッチンを出る。
明日のメニューを考えつつ歩いていた自室へと続く廊下で、所在なさげなレオンの姿を見付けて、くるみは急いで駆け寄った。
「レオン様!」
「今日の仕事は終わったのか?」
軽く抱き寄せられた腕の中で、はい、と笑顔を返す。
レオンも何処か安堵したように微笑い、だがすぐに、躊躇いがちに次の言葉を濁した。
「…その、だな……。
……今夜も、俺の部屋に来てほしい…」
「………」
「あ、いや、…無理には、……触れない。
―― 昨夜のように、俺の隣で眠ってくれるだけでいい…」
一瞬浮かべてしまった戸惑いを誤解したのか、レオンは慌てて口調をやや早める。
しかし次ぐ声は微かに低く、嘘がつけない性格故の切なさを含んでいた。
「……ダメ、か…?」
「いえ、…着替えたら、レオン様のお部屋に行きますね」
「ああ、待っているぞ」
承諾の返事に一転、嬉しそうに綻んだ唇が、額にやさしいキスをくれる。
その背中が角を曲がるまで見送って、くるみは静かに部屋のドアを開けた。
最後には拒む以外ないのだから、今日もまた結局は、哀しい表情(かお)をさせてしまうのかもしれない。
それでも、同じ淋しさを識る瞳を、不安げに差し出された手を、撥ね退けるなんてできなかった。
だってレオンは、昨夜からずっと、自分のことよりもまず、私の気持ちを尊重してくれている。
大事だという想いが伝わる、眼差しも温もりも愛おしくて。けれど同時に、胸が酷く…苦しくなった。
もしかしたら誰かを傷つけるたび、気付かないまま彼自身も、傷ついていたのかもしれない。
傲慢に見えた怒りは、孤独と不信の裏返しだから。
本当は、こんなにも惜しみない、愛情を持てる人だから…。
赤い月に身を捧げ、呪いを解く白い蝶になる。
その為に、
あなたの一番の希みに、応えられない私は、
限られた時間の中で、
他に何を…してあげられるの……?
込み上げてくる涙が、零れないよう目を閉じて。
くるみはそのまま、ゆっくりと首を振った。
泣いていたことが分かったら、レオンを心配させてしまう。
だから、……強くならなきゃ。
鏡に向かってもう一度、今朝の決意をそっと、声にして。
―― 愛してるから、抱かれない。
この意思(きもち)を、最後まで貫けるように。
『その日』にも、ちゃんとあなたに微笑えるように。
fin.
2009,04,18
現在文字数 0文字