気怠さと、軽い浮遊感を伴って目が覚める。
ベッドのやわらかな感触と青い月光が揺蕩う闇に、一瞬、今いる場所が掴めず戸惑う。
しかしくるみはすぐに、隣にある確かな温もりにほっと小さな息をついた。
ふたりで飲んだあの酒には、体質によっては媚薬ともなる成分が含まれていたのかもしれない。
これまでになく昂る身熱に、毎夜のように慰め合う余裕すらなく。ただ、大きな手と熱い口唇を肌に感じては、嬌羞の声をあげることしかできなかった。
それでも幾度目かの白い光に溶けて意識を手放すまで、レオンは愛おしげに、睦言を囁き続けてくれた。
そしておそらく、広間から部屋に戻る時に着せてくれたのだろう。脱がされたメイド服の代わりに彼のシャツを羽織っていることに気付いたくるみは、その袖に静かに頬を寄せた。
レオン様…と、ほとんど音にせず呟く。
途端に涙が溢れそうになって、寝返りを打つ振りで恋人に背を向けた。
もう生贄にはできないと、傍にいるだけでいいのだと、……そう言ってくれる大好きな人。
だけど…。
身体を重ねるのではなく、
白い蝶として呪いを解くことで、
初めて愛した人に全てを捧げると…、
決めたのは私、なんだから……。
繰り返し自分に言い聞かせ、両手で口元を覆ってきつく目を瞑る。
漏れかけた嗚咽を必死に飲み込むと、不意に後ろから、温かい腕に包まれた。
「くるみ…? まだ辛いか?」
「……いえ、…違うんです。レオン様のやさしさが嬉しくて…。
起こしちゃいけないって思ったのに、…ごめんなさい」
「そんなことは気にしなくていい…。
こっちを向いてくれ。おまえの顔が見たい」
「はい…」
ゆっくりと振り返る。
先刻、全身を甘く激しく震わせた指が宥めるように頬に触れて、淡く微笑み合う。
笑顔に隠すほんの少しの嘘を、以前から彼も察していたのかもしれない。
でもこれ以上、問い詰めないでいてくれる。
そんな深い慈愛に、やはり過ってしまう罪悪感が苦しく切ない。
瞳に滲んだ涙を拭うキスの後、抱き寄せられた広い胸に額を預けて。
くるみは再び目を閉じ、聴こえる鼓動に合わせて、耳の奥でやさしい唄をそっと辿った。
幸せになってほしいの。
刹那の幸福の中で、
一番大事な存在(ひと)の、伴に辿り着くことはできない未来に想いを繋ぐ。
一緒に歩いていけないからこそ、
永い寿命(とき)を生きるあなたに、
ずっとずっと……、
幸せで…いてほしいの。
この願いが、“今の”レオンを哀しませている。
本当は抱かれたい。心だけじゃなく身体ごと、愛する人のものになりたい。
その気持ちを止(とど)めて嘘をつくたびに、残された時間の少なさを突き付けられる。
痛いほど、分かっていても。
これは自ら選んだ、
越えてはいけない、―― 境界線だから。
fin.
2008,09,15
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