玄関でアインスに荷物を預け、足早にレオンの部屋へ向かう。
あなたがいないので、すっかり臍を曲げてしまって…。
ああ、でも、何かを投げたり壊したりはしていませんから、
安心してください。
にこやかな笑顔だったが、同時に面白がっていたのは、おそらく気のせいではないだろう。
レオンが人や物に当たる理不尽な怒りを爆発させなくなって随分経つ。
怒号さえ珍しくなった今では、領主らしからぬそんな振る舞いも、懐かしくかつ可笑しく映ったのかもしれない。
「ただいま…」
控えめにノックをしてそうっと扉を開ける。
ベッドに寝転がっていた長身が勢いよく起き上がり、ぱっと顔が輝く。
待ち侘びた主人に尻尾を振る大型犬を思わせる反応が可愛くて、くるみは込み上げてくる笑いをなんとか堪えた。
なるべく自然に背を向け、扉を閉めて再び振り返る。
しかしその間に、視線はわざとらしく逸らされていた。
「何処に行っていた?」
「メイドさんと市場に…」
「買い物だったら、メイドに任せればいいだろう」
「お菓子に使う蜂蜜を選びたかったの」
「………」
今日は久しぶりにふたりでのんびり過ごす予定だったが、朝食後、レオンは急な要請で領地に出向くことになった。
遅くなると言っていた為、メイドと買い出しに行ったのだが…。
新しい使用人はまだ彼女一人のみで、レオンがアインスを伴って執務に赴き、くるみがメイドと出掛けると、城は無人になってしまう。
喜ばせたくて急いで戻ったら蛻の殻で、怒っているというより、肩透かしを食らい拗ねているのだろう。
膝を抱えふてくされる様は、まるで幼い子供だった。
「ごめんね」
ベッドに上がり、あやすように頬に軽いキスを落とす。
一旦緩んだ口元を慌てて結んだレオンは、今度は反対側にふいっと首を振った。
「こんな子供騙しで誤魔化したつもりか?」
明らかに誤魔化されかけていたのは、どうしても認めたくないらしい。
くるみはあと一歩近づくと唇をしっかり合わせ、舌を差し入れて絡ませた。
「俺の機嫌を…直したいなら、これくらいはして当然……だろう?」
不遜な口調のわりに、肩に置いていた右手を下腹部へと引き寄せる動きにかつての強引さはない。
導かれるまま、服越しにそこを繰り返し撫で、キスを続けた。
「下も……、舐めろ」
素直に頷き、脚の間に座る。既に大きくなっているものを取り出し、手と口で丹念に可愛がった。
こうして触れることで、愛しい人が悦んでくれるのが嬉しい。
初めてさせられそうになった時は、あんなに嫌だったのに…。
「…ふふっ…」
「何を笑ってる」
不機嫌を装う言葉には敢えて答えず、できるだけ深く咥え込む。
熱く掠れる吐息を感じながら一生懸命舌を動かしているうちに、次第に奥が疼き、我慢できなくなってしまった。
「レオン……したい…」
「仕方ないな、来い」
いつのまにか形勢が逆転し、青い瞳が余裕の笑みを浮かべているのがちょっと悔しい。
だけど、今すぐ欲しくて堪らない。
溢れた蜜で濡れた下着を自ら脱ぐ。そして昂ぶりに手を添え、くるみはゆっくりと腰を下ろしていった。
ふたりとも一回では満足できず、互いの服を脱がせ、甘く激しく睦み合う。
終わった後もぴったり寄り添い、きっかけが何だったのかも忘れ重ねた肌の温もりに浸った。
「くるみ」
不意に陰りのある声音で呼ばれ、驚いて顔を上げる。
「レオン…?」
「執務とはいえ、おまえとの約束を守れなかった俺が悪いが…。
出掛ける時は、書き置きしていけ。おまえを捜して城中走り回るのは、これで最後にさせてくれ」
冗談めかしてはいるが、眼差しに一瞬過った切なさで、彼にとって笑い事ではなかったのだとようやく覚る。
自発的に彼の元を去ったりはしないと、きっとレオンも分かっている。けれど予期せぬ不在は惧れを生み、本当に城内を必死に捜し回ったに違いない。
もしもレオンが早めに戻ったら…。そこまで思い至らなかったせいで、無用な心配をかけてしまった。
項垂れた頭をぽんぽんと叩く手が、あまりにやさしくて泣きそうになる。
逞しい胸に抱きつき、改めて「ごめんなさい」と心から謝った。
「もう気にしなくていい。
それより、いつもと違う蜂蜜が必要な菓子とは何だ?」
興味津々といった表情が、沈みかけていた雰囲気(くうき)を和ませる。
その気遣いに応えてくるみも微笑い返し、やわらかく肩を包む腕に甘えて額を預けた。
「一昨日読んでくれた青薔薇姫の本に出てきたお菓子、レオン、食べてみたいって言ってたでしょう?
似てるお菓子のレシピを参考に、作ってみようと思って」
「そうか。楽しみにしているぞ」
「うん、明日のおやつにするね」
それと…。
夕飯はレオンの大好物をたくさん作ろう。
密かに決め、温かな腕の中でくるみは今夜のメニューを考え始めた。
fin.
2014,12,20
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