鏡に映る自分の姿に、戸惑いを隠せない。
頭上のベールを整えているメイドは経緯を知っているはずなのに、何度尋ねてもにこやかにはぐらかされてしまう。
再び鏡面を見つめたくるみは小さく息をつき、きっと全てを把握している夫が来るのを待った。
多くの領民達が城に集い、賑わいだ結婚式の後。心地好い高揚感と伴に戻った私室に用意されていたのは、同じデザインのドレスだった。
唯一、大きく違っていたのは……。
「着替えは終わったか?」
ノックの音と声に振り返る。
心得顔のメイドがすぐに出迎え、正装のままのレオンと入れ替わりに部屋を辞す。
扉が閉まりふたりきりになったのと同時に、ふんわりと抱きしめられた。
「よく似合っている。
白いドレスもいいものだな」
「………」
見惚れるほどやさしい眼差しにも、どう答えていいのか分からず、返答に窮してしまう。
夫婦になって初めてのプレゼントに対し、まず困惑が前面に出てしまったせいだろう。レオンはごく僅かに苦笑した。
「驚かせてすまなかった。
以前聞いた人間界の花嫁衣装を、おまえに着せてやりたくて…」
「レオン…」
そういえば正式に婚約する少し前、幼い頃両親に連れられて出席した結婚式の話をした。当時抱(いだ)いた、淡く無邪気な憧れのことも。
黒を最も高貴な色とする魔界で、この装いを揃えるのはおそらく容易ではない。
純白のウェディングドレスに込められた愛情にようやく気付き、目頭が熱くなった。
「おまえを皆に祝福される花嫁にしたい。
―― 俺の我が侭で、領内が落ち着くまで、だいぶ待たせてしまった詫びの代わりだ」
ありがとう。嬉しい。幸せ。愛してる…。次々に浮かぶ言葉を選びきれず、ただ胸に頬を寄せる。
こんなにも深く心を通わせられる存在(ひと)に出逢えて良かった。永い年月(とき)を一緒に生きられるようになって、本当に良かった…。
そうして今日、そんな最愛の人の妻になれた喜びを、くるみは改めて噛み締めた。
そっと顔を上げ、瞳が合うと自然に、唇も重なる。
穏やかに触れた温もりは甘く、ずっと続いていく幸福の証に思えた。
「そろそろ魔王と王妃が着く時分だ。
支度が済んでいるなら、階下(した)に行こう」
「え…?」
「ああ、これも言っていなかったな。
魔王が、王妃を一人で公の場に出すことはできないが、夜なら二人で来られるというから、夕食に招待したのだ。
王妃はおまえの一番親しい友人だしな」
更なる取り計らいに目を丸くする。
レオンは今度はまるで悪戯が成功した子供のように微笑い、腕をほどいて軽く身体を引く。
最高のサプライズにくるみは、一呼吸遅れたとびきりの笑顔で、優雅に差し出された手に自分の右手を預けた。
fin.
2013,06,30
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