夕食の片付けを終えると、くるみは足早にレオンの部屋へと向かった。
ほんの少しの時間離れていただけなのに、やや急き気味に扉を開けてしまったことに顔を赤らめる。
だが窓際のソファーに腰掛けていた銀の髪も、勢いよく振り返った様は正に、久しぶりの再会を待ち兼ねた恋人そのものだった。
「くるみ、こっちに来い」
深紅に染まる月を苦しげに見上げていた昨夜とは正反対の、穏やかな笑みに駆け寄る。
人間界では咲かない花と同じ彩(いろ)を持つ瞳を和ませ、レオンは細い腰を抱き上げると、自分の膝の上に座らせた。
そのまま自然に、食後のデザートの代わりに互いの唇を味わう。
甘いクリームを舌先で舐め取るようなキスの最後に、肩を抱いていた手が、静かに頬に添えられた。
「その…、身体は平気か?」
「うん、大丈夫」
初めて彼を迎え入れた後も昼過ぎに目覚めた時にも、同じように問われ、同じように答えていた。
それでもなお心配そうな眼差しに、別の意味が込められている気がして小さく首を傾げる。
最上級のターコイズを思わせる、鮮やかな深い青。
レオンはそこに憂いを揺らめかせたまま、もう一方の手で、栗色の髪を毛先までそっと掬った。
「人間だったおまえがいきなり魔力を持って、……何処か痛いとか辛いとか、そういったことはないか?
さっき月を見ていて急に、気になった…。
すまない…。昨日はそういうことまで、気に掛けてやれなかったから…」
「………」
僅かに掠れた自責の語調(こえ)に、きゅっと胸が締め付けられる。
広い背中に腕を回すと、大丈夫だよと、くるみは先刻よりもはっきりと繰り返した。
「逆に身体が軽くなったみたいなの。
レオンの温かくてやさしい力を分けてもらって、私は生まれ変われたんだもの。辛いはずがないよ」
白い蝶になったのは赤い月の魔力でも。
今ここにいられるのは、手を伸ばし呼ぶ声が、強い想いが、この姿を与えてくれたからだから ――― 。
「これまで他人を踏みつけ、傷つけてきた俺の魔力が、そんな風に変われたのだとしたら…。
他でもない、おまえのおかげだな…」
至心の言葉の合間に、ふんわりとしたキスが降る。
頬に鼻先に額に、やわらかく触れる囁き(いき)がこそばゆい。
唇が離れるたびに視線は重なって。見つめ合うたび映る、確かな愛情(きもち)が嬉しかった。
「―― ああ、そうだ。この前の後編を読んでやろう。ちょっと待っていろ」
もう一度右の頬に口付けて、レオンは笑顔で立ち上がる。
その後ろ姿は、寧ろ彼の方が、ベッドで読んでもらう絵本を探しにいく子供のようで、思わずくすりと微笑ってしまった。
背もたれに寄り掛かり、残る温もりに抱かれるように目を閉じる。
そしてくるみは、やさしい声で語られる、勇敢な姫の冒険に思いを馳せた。
fin.
2008,08,14
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