脱衣所の鏡に映る自分の姿に、溜息が知らず零れる。
最初は嫌で仕方なかったのに、いつのまにか毎日普通にこれを着て働き、大好きな人の傍にいたと思うと、慣れは怖い。
尤も、極端に露出度の高いデザイン自体が、その大好きな人の趣味なのだけれど…。
他の男の目には晒したくないと、赤月の翌日以降、過度に肌の出る服は着させられなくなった。
だからこのメイド服も、身に着けるのは随分久しぶりになる。
数え切れないほど愛し合い、全てを見せていても、今となっては寧ろ、こちらの方が恥ずかしい。
羞恥が拭えず、薄く開けたドアからくるみはそろりと顔を出した。
「ねえレオン、他のことじゃダメ…?」
「レオン様、だろう? メイドが主人を呼び捨てにするな」
声音は不機嫌だが、眼差しはあくまでやわらかい。
どうやら本当の目的は、ご主人様とメイドごっこらしい。
「………」
領主として多くの人達に慕われるようになったレオンは、忙しくても愚痴さえ滅多に表に出さず、執務に励んでいる。
別に無理難題を言われてるわけじゃないんだし、お休みの日のちょっとした我が侭くらい、きいてあげなきゃね。
思い直し、短過ぎるスカートの裾を気にしつつシャワールームを出た。
「おまえ、やはりそれがよく似合うな」
「あ、ありがとう、…ございます」
褒められて喜べる格好ではないが、目を細める表情につられて嬉しくなってしまう。
敬語はまだすんなり出てこないが、こんな顔が見られるなら、メイド役もたまには悪くない。
なんだか少し楽しくなり、いそいそと紅茶を注いでいると、青い双眸がさも不思議そうに見上げてきた。
「どうしておまえの分がないんだ?」
「え、えっと…」
即答できずに言葉を濁し、ポットにティーコージーを掛ける。
ふたりでお茶を飲む時は大抵サロンを使う。
今日は私室に持ってくるよう言われ、一緒にとも誘われなかったから、一人分しか用意しなかった。
そもそも、使用人が主人と同じテーブルにつくことはない。
主従ごっこがしたいなら彼の疑問は矛盾しているが、単に、恋人だった頃の気分を味わいたいのかもしれない。
そのまま答えあぐねていると、わざと不遜に鼻を鳴らす音が聞こえた。
「まあいい。早く食べさせろ」
「はい。失礼します」
予想通りの命令につい浮かんでしまう笑みをなんとか誤魔化し、ソファーの隣に座る。
これもリクエストで作ったクレープを切り分け、やや芝居掛かった仕種でフォークを持ち上げた。
ご主人様はいたく満足げに口を開ける。そしてすぐに破顔一笑した。
「城のコックも腕がいいが、おまえが作ったものが一番美味いな」
「ふふっ、ありがとうございます」
「ほら、おまえも食え」
「え?」
一旦置いたフォークを自然に手にしたレオンに、逆にクレープを差し出される。
普段も互いによくしているのに、今日は何故だか緊張してしまう。
いただきます。小さく呟き、ドキドキしながら食べさせてもらった。
「美味しい」
「だろう?」
以前もあったが、まるで自分が作ったかのような得意満面の笑顔が可笑しくて、とても可愛い。
はい、とくるみは素直に同意し、また自分があーんをしてあげる為にフォークを受け取った。
「結局、クレープもお茶も半分いただいてしまいましたね。
他に何かご用意しましょうか?」
「いや、いい。
最高のご馳走が、目の前にあるしな」
「―――」
ゆっくり頬を撫でる手と、にやにやと意味深長な視線。けれどその奥には、限りない愛情がある。
くるみも含みのある口調に合わせ、敢えて悪戯っぽく微笑んだ。
「美味しく召し上がっていただけるといいんですけど…」
「安心しろ」
「きゃっ」
突然お姫様抱っこで抱え上げられ、あっという間にベッドに降ろされる。
触(さわ)れず、痛みを覚えることもない羽を、それでも慈しむよう、背中を抱く腕はいつだってやさしく甘やかで。
「味は俺が……保証してやる」
「…はあ…、レオン……さま…」
深いキスの途中も律儀に付けた敬称に、首筋を辿る唇からくすくす笑いが漏れる。
「いい子だ…。食べ終わるまででいいからな…」
「……ん…」
胸へと滑る指を感じ、身体は次第に熱を帯びていく。
声にならない返事の代わりに、くるみは吐息混じりに頷いた。
fin.
2011,06,12
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