Trusting

 我が侭で傲慢で、
 だけど青い薔薇(ひとみ)の奥にあるのは、
 泣きそうに揺れる孤独の色。

 その感情(なまえ)にさえ気付いていない、
 痛いほどの淋しさは、
 見ていると切なくなってしまうから。

 この前みたいに無邪気に、楽しそうに、
 ―― あなたに微笑ってほしかった。

 ただそれだけ、だったのに……。

 青みを帯びてきた月を眺めながら、ベッドに寝転がる。
 夕食はどうにか普段通りに作ったが、レオンは食堂に姿を現さなかった。
 結局アインスが彼の分を部屋まで運んでくれることになり、「先に食べていてください」という言葉に、くるみは城に来て初めて、一人きりで食事を取ることになった。
 正直、レオンと顔を合わせたくなかったのでほっとした。…はずなのに、食は進まず、装ってしまったスープを飲み込むので精一杯だった。
 指先を見る。
 ほとんど治りかけているものと、まだ生々しく赤い傷が二つ、並んでいる。
 鋭い痛みは涙と伴に引いていったが、代わりに鈍い重さがそのまま、胸の中にも残っていた。
 寝返りを打った処で、遠慮がちなノックが聞こえて起き上がる。
 ドアを開けると、アインスが穏やかに微笑んでいた。
「レオン様は、夕食を残さず召し上がっておられましたよ」
「そう…」
 機嫌の良い時でさえレオンは、好みの味でなかったり嫌いなものを出されたら、問答無用で残す。
 これ以上無意味に怒らせずに済んだことには安堵したが、心中は、多少なりとも複雑だった。
 更に曇ったくるみの表情に、緑の双眸が、少し困ったように伏せられる。しかしアインスはまたすぐに、元の柔和な笑みに戻った。
「それと、くるみさんにこれを預かってきました」
「?」
 促されて出した手のひらに、飴玉が一つ、乗せられる。
 最初、からかわれているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「………」
 視線を落としたまま二の句が継げないでいると、ふっと、微かに笑うような気配がして目を上げた。
「…アインス?」
「では、おやすみなさい」
「……あ、うん、…おやすみなさい」
 こちらの疑問に気付いていて、敢えてはぐらかされた感じがしたが、こういう時のアインスは問い質してもおそらく、明確な返答はしてくれない。
 食い下がる気力もなくて、溜息混じりに扉を閉める。
 室内(なか)に戻ってベッドに腰掛けると、くるみは何とも言い難い気持ちで再び、手の上を眺めた。
 ホットケーキをお皿ごと踏み潰して、指に噛み付いて、変なことをさせようとして…。
 なのにその後自分は部屋に閉じ籠って、挙げ句、わざわざ届けさせたのが飴なんて、
「どっちが子供騙しなの…?」
 知らず、声に出してしまう。
 ただレオンは基本的に、自分の非を認めたがらない。
 だからこれでも、八つ当たりしたことを少しは後悔してる、……のかな…?
「……ほんとに、変な人」
 予測できない言動(こと)ばかりして。傍若無人に、いつも周囲を振り回して。
 ―― だけど……。
 ひとつ…、漠然とだが分かったことがある。

      レオンは私を、信じていない。
      私もレオンを、信じ切れないでいる。

 たぶんそんな不信感に隔たれて、元気になってほしいという想いは伝わらなくて。逆に余計なお節介だと、不機嫌にさせてしまった。

 誰も信じない。
 誰からも信じられない。

 ここに来たばかりの頃に、そう…教えられていたのに。
 自分のこととしてはっきり突き付けられると、どうしてこんなに、辛いんだろう…。
 でも、
 淋しさは、誰かの心を疑えば疑うほど、募っていくのかもしれないから。

      信じたい。
      例えば、この飴玉の中に隠れている、
      不器用過ぎる小さなやさしさを。

      信じてほしい。
      あなたが微笑っているとなんだか、嬉しくなる。
      私の内(なか)の、不思議だけど確かな、この気持ちを。

 そうしたら、
 今はきっと、人間界と魔界の間より遠い距離も、少しずつ縮まっていくかもしれない。
 もっと一緒に、笑い合えるかもしれない。
 …だと、いいな。
 今日のことは、飴(これ)で騙されてあげるから。
 明日は、くだらないことでもいい、…ちょっとえっちな悪戯をされてもいいから、子供みたいなあの笑顔が、見られたら、……いいな。
 カラフルな包みを開いて、丸い玉をそっと、口に運ぶ。
 その甘酸っぱい味と香りは、痛む心までゆっくりと、溶かしてくれるようだった。

fin.

2008,07,05

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