gratitude

 慣れない旅の疲れから、ぐっすり眠っている恋人に軽く口付ける。
 起こしてしまわないよう、重ねたばかりの温もりを指の先でそっと辿ると、
 あの晩餐会の夜、最初で最後になるはずだったキスがふっと脳裏を掠めた。

 外の世界と行き来する自由以外は、
 全てが揃う箱庭に飾られた、無表情で綺麗なお人形。
 それが、第一印象だった。

 城を出ることと、いきなり現れた“夫候補”達に対する、
 頑なな拒絶ははっきり伝わってくるけれど。
 やっぱり人形めいている横顔は、
 本当の負の感情なんて知らないみたいで。

 よりによって、招待客に紛れた護衛(ぼく)に話し掛けてきて、
 無防備で危なっかしくて、
 何故だか無性に、意地悪をして泣かせてみたくなった。

 君の選ぶ伴侶が、僕じゃないことだけは決まっている。

 警告の範囲を超えて、
 君の初めてのキスをあんな形で奪ったのは、
 もしかしたら、
 自覚のないヤキモチだったのかもしれない。

 いつも通りこなす仕事の一つだったのに、
 少しずつ変わっていく君が可愛くて、
 一緒に行動した方が守りやすいって大義名分で、
 いつからか、毎日ふたりで過ごしていた。

 屋根裏部屋で、
 目を逸らしていた立場を不意に突き付けられて、
 慌ててまた距離を置いた時にはもう、

 君への愛しさは、
 どうやっても…、心から消せなくなっていた。

 この気持ちを伝えちゃいけない。
 数え切れない程の罪を犯した身体で、
 他の男と結婚しないとならない君に触れちゃいけない。

 ―― 全部、全部分かっていて、
 それでも、僕は君が…欲しかった。

「大好きだよ…」

 髪に緩く手を滑らせ、
 噛み締めるようにゆっくり囁く。

 何度も傷つけて、いっぱい泣かせて、
 それなのに……。

 僕を好きになってくれてありがとう。
 待っていてくれてありがとう。
 お城を出て、僕についてきてくれて、ありがとう…。

 病める時も健やかなる時も、
 嬉しい時も、哀しくて辛い時も、
 たまに喧嘩をする時だって、

 ずっと…ずっと君を愛してるから。

 この手を決して離さず、
 最期まで、伴に生きていくって誓おう。

 そう遠くない未来に、
 本物の、教会の礼拝堂にふたり並んで。

fin.

2010,09,04

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