atonement

 氷水に浸したタオルを固く絞り、そっと熱い額に乗せる。
 短く吐き出す息は荒く、自分が与えているも同然の苦しみに胸が詰まった。
「……コレット…」
 己の目的以外眼中になく、泣き叫ぶのも構わず強引に身体を奪った。
 それなのに……。

   貴族でもそうじゃなくても私は私よ!
   フィルに愛されたいって、フィルに笑ってほしいって、
   そう願っている私という人間よ!

   私は空っぽの人形なんかじゃない。
   ……フィルのことを想って泣く心をちゃんと持ってる。
   フィルのことを好きだと想う心を、ちゃんと…。

 流されただけじゃない。弱々しくではあったが、初めて抱いた翌朝も確かに言っていた。
 自覚はなくても。
 途中あまり抵抗していなかったのは、触れる指に唇に、間違いなく感じていたのは、―― 好きだから、なのだとしたら。
 繰り返される冷たい侮蔑を、愛情のない身勝手な行為を、受け入れる他なかった時もどんなに辛かったのか…。
 押し寄せる追悔を噛み締めたままフィルは、再び細い手を取った。
 『身分』に振り回され、未だ血の滲む傷口が、これ以上広がらぬよう庇うのにただ必死で。
 拭い去れない疑念に怯え、手酷く負わせた傷の深さには目を背けていた。
 だが、嫌悪している貴族達とは何か“違う”と、思っていたのなら尚更、
 こんなことになる前に。

      何故もっと早く、
      おまえは意思のない『人形』でも、
      誰の『所有物』でもないのだと、
      素直に認められなかったのだろう。

      どうして、喪いそうになるまで、
      失くせない存在になっていると…、
      気が付けなかったのだろう ――― 。

 血統にこだわるマーティン夫妻が納得する『高貴な血』を引くにも拘らず、山奥の城に隔離されて育った少女。
 ここを出たことがない。自ら出ることも、自身について知ることも望まない。
 惰性で生きてきたと責めながら、感情を含め、コレットを取り巻く世界が堅く閉ざされていた“理由”は、考えもしなかった。
 知ろうともせず、怒りをぶつけ、罵った。
 そうして重ねた過ちが今、彼女を生死の淵に追い込んでいる。
 どれだけ言葉を尽くしても、全ては最早、言い訳にしかならないけれど……。
 それでも、たとえ赦されなくてもいい。
 単なる自己満足なのだとしても。
 一言でいい。おまえに謝らせてほしい。
 だから、
「このまま逝かないでくれ…」
 その瞳がまた開くように。
 もう一度、その声を聞けるように…。
 両手で包む小さな手に、フィルは真摯に願い続けた。

fin.

2011,03,27

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