チェストに置かれたランプが、腕枕をしてこちらを見つめる茶色の双眸に落とす、静やかな赤い光。
仄かな灯りの中でさえそこに映る愛しさは紛う方なく、充足感に甘くくるまれて不意に目頭が熱くなる。
そのままコレットは瞼を伏せ、俯くようにフィルの肩に額を預けた。
「どうした? 気分が悪くなったのか?」
伴に望んで肌を重ねているが、互いの身体が覚える快楽には落差がある。
けれど未だ残る痛みも、愛する人とひとつに結ばれる悦びとは比べるべくもない。
ただフィルは心配なのか、抱いている最中も終わった後も、こうして労る声をかけてくれる。
緩やかに顔を上げたコレットは、違うの、と微笑んだ。
「フィルの瞳を見ていたら、なんだか急に胸が一杯になって…」
「何だ、それは…」
「何かしら…? 私はあなたといると、幸せだから泣きたくなってしまう時があるみたいだわ」
怪訝そうな低い呟きに小さく首を傾げ、言葉を探す。
少し前まで彼に対して感じていた戸惑いや息苦しさ、もどかしさは、表面上の感情でしかなかったと今では識っている。
気持ちを上手く表に出せず、本心が汲み取れぬまま生じた擦れ違いを、もう繰り返さないよう…。たとえ拙くても、これから大事なことは精一杯伝えたかった。
「そうか…。幸せならいい…」
口調はぶっきらぼうなものの、表情は明らかに安堵している。そんな様子が可愛くてつい、笑ってしまう。
即座に笑うな、と軽く睨まれたが、拗ねた声音では逆効果でしかない。どうしても浮かんでくる笑みを隠す為に、啄むように唇を合わせた。
「……ん…、そういえば、明日は何処に行くか決めたか?」
誤魔化されてくれたのか、自分が照れているのを誤魔化したいのか、急に話題を変えられる。
発つ前にゆっくり城内を見ていくといい。初めてこの部屋で目覚めた朝、フィルはそう言ってくれた。
慣れ親しんだ地を離れる淋しさをよく知る故の提案が嬉しくて、一緒に来てほしいと素直に誘うと、答えは面倒だと言いつつも頷く、穏やかな笑顔で。
昨日の午後から、荷造りの傍らふたりで手を繋ぎ、ましろも連れて城と庭をのんびり歩いて回っていた。
波風が立たない日々の取り留めない思い出話も、決して遮られることはなく。幼い頃をひとり懐かしむ静かな時間も、さりげなく与えてくれる。
心を許して受け入れた相手には、朴訥だが深い想いを傾けられる人なのだと、改めて思う。
反面一旦閉ざしてしまうと、自分自身ですらなかなかその扉を開けられなくなる、酷く不器用な処があって。
以前、一方的に引っ張られてひたすら歩いたのも、あの時の彼にできる限りのやさしさだったに違いない。
だけどそれを指摘したら、また照れて怒ってしまうから…。考える振りでコレットは、緩む口元に手を遣った。
「そうね…。―― 私の部屋の、窓の下へ行きたいわ」
「あそこは何もないぞ」
言わんとしていることはすぐに分かったのだろう。フィルの頬に僅かに赤みが差す。
「フィルが私を守ってくれていたんだもの。私にとってはとても大切で、特別な場所よ。
……ダメかしら?」
「別に…。おまえが良ければ、俺は構わないが…」
「ありがとう、フィル」
感謝と愛情を込めてにっこり微笑う。
思わず抱きつきたくなって腕を伸ばしかけたが、その前に背中を強く引き寄せられる。
顔を見られたくないのか、やや強引に、額を胸に押し当てられた。
「……おまえは可愛い女、だな…」
「フィル…」
髪に落ちる吐息は、甘やかな響きを含んで。
紅茶色の瞳は今きっと、蕩けるほどやさしい眼差しを注いでくれている。
だから、気付かれないように…。
コレットは上目遣いでそうっと、大好きな人の横顔を見上げた。
fin.
2010,05,02
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