空を見上げていたコレットの瞳が庭に向けられたのに気付き、念の為軽く顔を背ける。
程なくして、白いネグリジェが窓辺から消えたのを視界の端で捉えたフィルは、月光を頼りに再び城へと目を凝らした。
時折肌寒い風が木々や草花をなびかせ過ぎていくが、不審な気配は感じられない。
おそらく今夜も徒労に終わる。それでも零れた吐息には、疲れより安堵が含まれていた。
数日前エリックから、コレットを狙う者はいなくなったと聞かされた。招かれざる客が誰だろうと関係ない。正体も目的も、取り立てて追及はしなかった。
しかし彼女は未だ、不安を抱えているようで。
伴に城を出るまで無事でいてもらわなければ、こちらが困る。だからこうして、夜の庭での見張りを続けていた。
尤も互いの間には現状、そんな日が来るとは考え難い、深い溝があるのだが…。
元々彼女自身には、何の関心もなかった。面倒でも手順を踏まねばならず、他の男と親密にならぬよう、ひとまず近くに留めておければそれで良かった。
けれど傍にいる時間が増すにつれ、その喜怒哀楽の乏しさが気になり始めた。
少し距離を置いてみると、確かにティーサロンで聞いた通り、いつも覇気がないわけではなく。
候補者達と和やかに話したり、からかわれて怒っているのを目にしたこともある。
特に、信頼を寄せるエリックやクレアと談笑する彼女はとても楽しげで、
―― なのに何故かやはり、本当の意味で、幸せそうだとは思えなくて……。
手の中にある、彫りかけのウサギを見遣る。
一言告げれば、大概の品は直ちに届けられる。贅沢に慣れた女は、一顧だにしないかもしれない。
だがあのウサギ以外、彼女が好きなものを知らない。知っていたとしても、到底入手はできないだろう。
そもそもどうして、喜んでほしいのか。
フィルは今更ながら自らの行動を計り兼ね、先刻よりも大きく息を吐き出した。
おずおずと差し出される手に戸惑い、触れた瞬間振り払われるのを恐れ、応えられずにいる。
思わず苛立ちをぶつけたり、素っ気なく冷たい態度を取るたびに、彼女は怯え暗い表情を浮かべると、流石に分かっているのだけれど。
どうすれば、胸に居座り続ける、この苦い不信感を消し去れるのだろう…?
ただ、唯一はっきりしているのは、
ルールの有無に拘らず、初めて城に来た日のように、力尽くで抱くことはきっともう、……できない。
その理由を、自分の内(なか)でまだ、認められずにいても。
契約の為だと明言しながら。
孤児院を救う手段としての、“高貴な血筋”を得るだけでなく、
目の前で、
笑顔が見たいとそう…希むのは ――― 。
fin.
2010,10,28
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