刺繍の道具やおやつをバッグに詰めつつ子供達の明るい笑い声を思うと、口元が自然と綻んでしまう。
だが楽しげなコレットの傍らでそれを手伝うフィルの表情は、次第に憂慮を帯びていった。
「もうしばらく様子を見た方がいいんじゃないのか?
何も無理して行くことはないんだぞ」
「大丈夫よ。今日は気分がいいの。
ずっと横になっていたから、外の空気も吸いたいし…」
「………」
外の空気なら、わざわざ出掛けなくても吸えるだろう。
言いかけて飲み込んだのを、続く沈黙で察する。
ここ数日は悪阻が酷く、外出は控えざるを得なかった。
妊娠が分かって以来、誰よりも体調を気遣ってくれているフィルにとっては、さほど離れていない孤児院へ行くのでさえ、遠出に等しいらしい。
こういう時、心配性なのは相変わらずだ。
本人も自覚があるのか、自嘲めいた吐息が零れた。
「……すまない。俺は少し、過保護だな」
実際は少しどころではないのだが、労ってくれる気持ちが嬉しくて微笑い返す。
しかし言わなくても、伝わってしまったのかもしれない。
軽い苦笑と伴にふわりと抱き寄せられ、見た目はあまり変化のない腹部にやさしく右手が置かれた。
「俺は身籠るのがどういうことか知りもせずに、おまえを望みを叶える為の道具にしようとしていたんだな…。
この子がおまえと分かり合えてからできた子で、本当に……良かった…」
「フィル、それはもう、気にしないで…。
私はフィルと出逢えてとっても幸せよ」
「コレット…」
僅かに身体を離したフィルは小さく息をつき、妻の言葉を受け入れるようにゆっくりと頷いた。
「ただ闇雲に心配するんじゃなく、俺はもっと、父親として色々と学ばないといけないな」
「フィルも私も、初めての経験なんだもの。
これから一つずつ、一緒に覚えていけばいいわ」
「ああ、そうだな」
赤茶色の瞳が穏やかに細められる。
フィルはきっと、赤ちゃんにもこうやって笑いかける、素敵なパパになるわ。
その腕に抱(いだ)かれる、まだ見ぬ我が子を思い描きながら、
愛しげにお腹を撫でる温かい手の上に、コレットは自分の手のひらをそっと重ねた。
fin.
2012,07,29
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