絆の刻印

 ネグリジェのボタンを途中まで外し、雪肌に未だ薄く浮かぶ花びらを指の先で辿る。
「……その…、紅い薔薇で良かったか…?」
「え?」
「おまえは青い薔薇が好きだと覚えていたんだが…。
 魔法で出すより、本物の花がいいと思って…」
 意味が判らないのか、きょとんとしたままアーシェは首を傾げている。
 レニは苦みを含む微かな笑みで、そっとやわらかな頬を撫でた。
「青い薔薇は、人間界には咲かないんだ。
 それに、…紅くつけてしまった痕の詫び、……だしな」
「……レニ…っ!」
 急に身を乗り出した小柄な背中を、驚きつつもしっかり受け止める。
 こちらを見上げた瞳は、今にも泣きそうに潤んでいて。
 えっと、あのね、と繰り返す逡巡も小さく揺れていた。
「違うの…。いきなり着替えを見られて慌てちゃっただけで、この痕のことを怒ってたんじゃないの。
 でも、レニをちょっと、困らせてみたくて…」
「………」
「ご、ごめんなさい…。……怒った?」
 項垂れてしまった顎に手を掛け、ゆっくりと上を向かせる。
 瞼に軽くキスを落とし、再び視線を合わせてから、レニは静かに首を振った。
「つまらない嫉妬で、おまえを傷つけたことに変わりはないからな」
「―― レニになら、…傷つけられてもいいよ」
 ふっとアーシェが、懐かしいような、それでいて憶えのない、秘めやかな色香の漂う面持ち(かお)になる。
 濃蒼の、まっすぐで綺麗な睛眸。
 射貫かれて声を呑み、その彩(いろ)をただ、見つめ返すことしかできなかった。
「だから今夜も、私がレニだけのものだって証拠を、私に刻みつけて」
「アーシェ…」
 今よりも稚く、拙く想いを重ねた逢瀬の中で交わした、忘れられない言葉。
 それは、
 消されてもなお留められた記憶(もの)なのか、新たに生まれた感情(もの)なのか、
 識る術は、ないけれど。

      日ごと夜ごと、
      身体の ―― 心の最奥に、飽くことなく互いを刻み込む。

      願っている。

      深く甘く…溶けゆくたびに、
      その温もり(ねつ)が、
      もう決して、ほどけぬ絆になることを……。

「ああ。おまえは俺だけのものだ。俺は、おまえだけのものだ…」
 誓うように囁いて。
 胸の上に淡く咲く花(ひとひら)に、レニは唇と舌でやさしく触れた。

fin.

2009,11,19

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