recollections

「おまえ、寝る時もリボンをつけてるのか」
「寝る時とお風呂の時はちゃんと外すよ。
 だけど、気に入ってるリボンだから、それ以外はいつもしてるの」
「……ふん」
 どうでもいいと言わんばかりに、すぐに話題(はなし)を変えながら。
 本当は、
 他意のない答えに、笑顔に、―― 心が震えた。

 ずらりと並ぶ商品を一瞥して、扉を開けた途端に踵を返したくなる。
 溜息を一つつくと、周囲の華やいだ雰囲気とは掛け離れた表情で店内を見回した。
 店員や他の客の好奇に満ちた視線を振り切るように、足早に目的の一角へと向かう。
 だがカラフルな売り場を前に、何を選べばいいか皆目見当がつかず眉間に皺を寄せた。
 あいつに似合う、明るくて綺麗な色は…。
 それでもそうして愛しい姫を想うと、不思議と先刻までの居心地の悪ささえ、少しも気にならなくなって。
 ふと、幅の広い一本が目に留まる。
 鮮やかなその色彩を、愛人と呼ばれる女達が好むことを知らないで……。

「あっ!」
 赤面した顔を隠す為か、やや俯きがちにスプーンを動かし続けるのを眺めていると、不意に短い声があがる。
 ヨーグルトのカップは、気付けば既に空になっていた。
「ご、ごめん…。私何やってるんだろう」
「別にいい」
 元々余ったらと言っていたのだから、食べ切れたならそれで構わなかった。
 でも…、と落ち込む様子が可愛くて、
「味見だけさせろ」
 すっと頬に左手を遣り、拒む隙を与えずに深く口付ける。
 半分開いた唇と舌をゆっくりと味わうと、レニはごく自然に微笑った。
「イチゴ味か」
「……だぶる…べーり味…って…」
 蒼い瞳が、キスの余韻に惚けたように甘く揺れる。
 しばらくそのままこちらを見つめていたアーシェは、しかし瞬きと同時に我に返ったのだろう。急に勢いよく立ち上がった。
「お、おやすみなさい!」
「……おやすみ」
 慌てて走り去る後ろ姿が、なんだか懐かしい気がして、また軽く笑ってしまう。
 そういえば、俺とのキスにあいつが嫌がる素振りを全く見せなかったのは、再会してから初めてだな…。
 ドアの閉まる音と伴に使わず残ったスプーンを見下ろして、過った安堵めいた感情に、今度は微かな苦笑が浮かんだ。
 目が合っても。言葉を交わしても。
 戻らなかった記憶に失望を感じるたびに、更に冷酷な態度を取ってしまう。
 けれど、
 事あるごとに、自分の中で正当な理由を無理矢理作り出して重ねる唇は、―― ただ触れていたいだけなのだと、判ってもいて。

   ずっとずっと、大事にするね。
   毎日このリボンをつけるからね。

 魔界の姫には似つかわしくないと、全てを忘れてしまった後も、おそらく何度も言われたに違いない。
 なのに今も嬉しそうに身に着けている赤いリボンが、変わらずに在る、消されたはずの愛情(きもち)なら。
 例えば失くした思い出が、二度と返らなかったとしても。
 人間界(ここ)で再び、心を通わせられたなら。
 ―― いつか、約束できるだろうか…?
 遠い世界で独り、叶わぬ希みのまま、抱(いだ)き続けるのではなく。
 何処でだっていい、ふたりで。

 ずっと一緒にいると、
 傍を離れないと、

 あの頃よりも確かな“永遠”を ――― 。

fin.

2009,03,29

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