混雑を避ける為、朝早くやってきた川沿いの桜並木。満開の枝が一斉に風に揺れ、視界が薄紅色に染まる。
小さく歓声をあげたアーシェは、満面の笑みで隣を見上げた。
「なんだか雪の中にいるみたいだね」
「ああ、そういえばこういう風景を、花吹雪とか桜吹雪っていうんだよ」
「人間界には素敵な言葉がたくさんあるね」
再び綻んだ唇から、感嘆の溜息が零れる。
見惚れるほどの花を、セイジュが自分にぴったりだと言ってくれていたのがとても嬉しかった。
「セイジュがサクラを好きな理由(わけ)が分かったよ。
だってすごく綺麗なんだもん」
「すぐに散る花は悲しいんじゃなかった?」
からかうような口調も、今日は怒る気にならない。
人間界でセイジュと過ごすうちに、移ろう花の美しさを知った。
永遠であればと願いながらも、束の間だからこそ愛おしくなる気持ちは確かにあると思えた。
「ずっと咲いてたら、こんなに綺麗じゃないのかもしれないし…。
それにサクラは、来年も咲くんでしょう?」
「………」
「セイジュ…?」
不意に黙り込んでしまった横顔を、不思議そうに見つめる。
ゆっくりと伏せられた瞼に淡く降る陽射し。
ひと呼吸置いて開いた瞳は、まるでその光を映すようにやわらかく和んでいた。
「人間界に来て、春が来るたび見ていたのに、そんな風に考えたことはなかったな…。
あっという間に散っていくけど、それは、次の年に続く一瞬なんだね」
「うん! また一緒に見に来ようね」
「そうだね。来年はもっと遠くまで行ってみようか」
改めて差し出された右手をぎゅっと握り返す。
お互いこそばゆそうに合わせた目を細めた後で、もう一度揃って咲き誇る桜花を仰いだ。
fin.
2013,03,27
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