ヤキモチと独占欲

 きっと似合うと言われたベビーピンクのワンピースに着替え、試着室を出る。
 しかしそこにセイジュの姿はなく…。
 アーシェはその場で不安げに辺りを見回した。
「………」
 少し離れた処で、青みがかった黒髪の背中を見付ける。
 だが数人の少女達に囲まれているのが判り、溜息をついて再び小さな室内に入ると静かにカーテンを閉めた。
 彼女達はおそらく、セイジュが勤める学園の生徒だろう。
 彼がもてるのは、昔も今も変わらない。
 慕ってくる少女達の思いを、無下にはしてほしくない。
 優しそうに見えて冷たい、人の心を汲めない頃の彼に戻ってほしくない。
 けれど同時に、他の女の子を見ないでと願う独占欲も確かにあって、胸の中にもやもやしたものが広がっていく。
 大きな鏡に映る、セイジュの好きな桜の色が、何故か急に淋しく感じられた。
「着替え終わってるのに、どうして出てこないの?」
「きゃあ!」
 ベージュの布が端から突然捲れ、思わず悲鳴をあげてしまう。
 慌てて振り返ったもののすぐに下を向き、アーシェはぽつりと呟いた。
「……あの子達は?」
「ああ、やっぱり見てたんだ。
 お茶に誘われたけど、断ったよ。大事な奥さんとのデート中だからってね」
 さらりと言い、先刻いた場所を見遣る。
 少女達はすでに店を出たらしく、視線を戻してこちらを覗き込んだセイジュはにっこり笑った。
「ヤキモチ妬いた?」
「ほんのちょっと…」
「でも、彼女達と会ったのは偶然だよ」
「判ってるよ。この前セイジュ、わざとヤキモチを妬かせたりしないって、約束してくれたもん」
 ふくれっ面をしつつ、意地を張る。意図的でないのを知っていて、責めるわけにもいかない。
 撫でるように頬に触れた手にそっと顔を上げる。
 何処か楽しげだった緑の瞳が甘く和んだ後、僅かな切なさを含んで揺れた。
「じゃあその時、僕がお願いしたことも覚えてる?」
「うん。
 ……セイジュは、私だけ愛して…?」
「もちろん、僕が愛しているのは君だけだよ」
 媚びるつもりはなかったが、結果的にセイジュが望んでいた拗ねた口調になってしまい、今度は恥ずかしさで俯く。
 やさしい答え(こえ)にもなかなか前を向けずにいたら、軽く顎を持ち上げられて唇が一瞬重なった。
 唐突な温もりに目を丸くする。
 対照的にセイジュはまるで何事もなかった様子で相好を崩し、改めて自分が勧めたワンピースを着る愛妻を見つめた。
「僕の見立て通り、よく似合ってるね。
 次はそれに合わせる靴を探しに行こうか」
「うん!」
 嬉しい言葉に、不意打ちを怒ろうとしていたのも忘れて笑顔で頷く。
 ふと交わした瞳にある、同じ気持ちに気が付いて。
 カーテンの影に一緒に隠れ、もう一度淡くキスをした。

fin.

2012,10,31

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