食べやすい大きさに切った卵焼きを、弁当箱に盛り付ける。
今日は何も間違えてない、……よね…?
頭の中で手順を辿り、大丈夫、と独り言つと、アーシェは残った一切れを口に運んだ。
これまでで一番良い出来栄えに、知らぬ間に顔が綻ぶ。
セイジュ、喜んでくれるかな?
ふたりで暮らし始めた当初に比べれば幾分上達したとはいえ、まだ失敗の方が多い料理を、時々意地悪なことを言いつつも全部食べてくれる。いつもやさしく注がれる眼差しを思い、また自然に笑みが浮かぶ。
その心を、まるで見通していたように、
「アーシェ」
「セイジュ! おは…」
名前を呼ばれ振り向こうとした瞬間に後ろから抱き竦められ、朝の挨拶は途中で短い悲鳴に変わった。
「朝からご機嫌だね。どうしたの?」
「…もうっ、危ないから、キッチンでは抱きつかないでって言ってるのに!」
「だからちゃんと、危なくない時を狙ってるだろう?」
「そういうことじゃ…」
悪びれる風もない口調に、顔だけ半分振り返る。
言いかけていた、実は彼にとっては逆効果でしかない抗議は、幸か不幸かそこで途切れた。
「あれ? セイジュ、今日はスーツじゃなくていいの?」
「休みだからね」
「え…? ……あ! 今日はシュクジツ、だったっけ…」
そういえば前に、この日はお弁当はいらないよと教えてもらっていた。
だけど週半ばの休日は久々なせいか、すっかり忘れてしまっていて…。
「卵、上手く焼けたのになぁ…」
「ああ、本当だ。焦げてないし、形も綺麗だね」
「味も美味しくできたんだよ」
なのに…、という言葉を飲み込むと、代わりに溜息が零れてしまう。
でも、朝ご飯のおかずにすればいいんだし…。
そう気持ちを切り替えてみるものの、やっぱり学校で昼休みに食べてもらって、驚かせたかった。
我ながら子供っぽいこだわりを覚られたくなくて、軽く俯く。
長い髪に隠れた表情を読み取ったのか、セイジュは華奢な背中を静かに向き直させ、ふんわりと腕の中に包み込んだ。
「じゃあ、朝食を食べたら、君が作ってくれたお弁当を持って出掛けようか?」
「ふたりで…?」
「一人なら、平日と変わらないだろ?
僕がこういうことをすると雨が降る可能性が高いから、傘も持ってね」
「うん!」
思いがけない提案に、笑顔になって頷く。
早速、何処に行くの? と声を弾ませると、エメラルドグリーンの双眸が可笑しそうに細められた。
「ふふ、君、さっきは休みって聞いて、あんなにがっかりしてたのにね」
「だって、セイジュと出掛けられるのが嬉しいんだもん」
「雨でも?」
「セイジュは大事なことをしようとすると、雨が降るんでしょう?
なら、その“大事な時”に傍にいられるのは、すごく嬉しいよ」
「―――」
大好きな緑(いろ)をまっすぐに見上げて微笑う。
しかし無言で僅かに目を逸らされて、視線の行く先を追ったアーシェは小さく首を傾げた。
「セイジュ?」
「……そこまで素直に言われちゃうと、これ以上虐められないな…」
少し照れたように、温かい唇が額に触れる。
「とりあえず、朝ご飯にしようか。僕も支度を手伝うよ」
「うん、ありがとう」
今度は自分から抱きつきたくなったが、あまりあっさり前言を撤回してしまうのもなんだか気恥ずかしくて、今はやめておくことにする。
セイジュの雨の予想は、どんな天気予報よりも確かで。
甘く幸せな時間が、一緒に降ってくるみたいだから。
―― 今日も、雨が降るといいな。
アーシェはティーカップを手に取る、やわらかな横顔を見つめながらそっと呟いた。
fin.
2009,03,01
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