Break of Day

 荒野の片隅にある村の空が、仄かに白み始めた頃。
 隣室のドアがひっそりと開閉する音に、ジェットはすぐに気付いて目を開けた。
 両手を枕代わりにした姿勢のまま耳を澄ませていると、やはりごく微かだが、玄関の戸が開け閉めされる音が続く。
 力一杯眉根を寄せた後で思わず舌打ちした。
「あのバカ、何やってんだ…?」
 彼らに懸けられているラミアム殺害容疑は、カリスマ教主を失ったディスティニーアークの混乱と内部分裂により、あれから数ヶ月経った現在では、半ば宙に浮いた状態になりつつある。
 だからこそ一旦各々の故郷に帰り、十日後にブーツヒル(ここ)で再度合流して、チームとしての次の動きを決めることになった。
 そんな流れで何ゆえジェットまでヴァージニアの生家にいるのかといえば、相変わらずお節介なリーダーの提案に押し切られたという、既に恒例となった展開による。
「うんざりだぜ…」
 ヴァージニアに絡むやり取りでは特に頻発される一言と伴に、ベッドから起き上がる。
 あいつにリーダーを任せておくのは、やっぱりちょっと問題があるんじゃないのか…?
 では、どうしてそのチームに居続けているのかという問いは棚上げにして、ジェットは再び顔を顰める。
 そうした愚痴も、最早毎度のことだった。
 ARMを手に静かに部屋を出る。
 いつ何時でも直ちに臨戦態勢を取れる格好をしておく。常に単独行動を良しとしていた彼には、それは至極当然のことだった。

   ここにいる時くらい、ゆっくり休めばいいのに。

 ヴァージニアは帰郷してから何度となく、肩を竦めて言う。
 冗談じゃない。何で俺が、お前の家(うち)で寛がなくちゃいけないんだ。
 そう思い、実際そのまま口にしようとしたが、言ってどうにかなる相手ではないので聞き流した。
 あいつここに戻ってきて、いつもより気が抜けてんじゃねぇか?
 冤罪だが、こちらは仮にもまだ、追われる立場なのだ。
 チーム全員が揃っている時なら、(結果的にはそうならないとしても)放っておけばいいと冷たく言い放つ処だが、こういう形で別行動を取っている状況で万が一のことがあった場合、後で面倒なことになる。
 普段から喧しい二人はともかく、クライヴの毒舌攻撃だけは、絶対に御免蒙りたかった。
 百パーセント嘘ではないが百パーセント本心でもない言い訳を付けて、外に出る。
 数歩進み、程近い墓地の一角に膝を抱えてしゃがみ込む人影を見付ける。
 しかしジェットは、歩み寄らず、話し掛けるでもなく、正に苦虫を噛み潰したような渋面を深くした。
 周囲に怪しい気配がないことだけ確認してから玄関脇まで引き返し、アガートラームを傍らに置いて腕を組む。
 あそこは、彼女の両親の墓石の前だ。
 おそらく泣いているのだろう。昔の夢でも見たのかもしれない。
 ミーミルズウェルのことが脳裏を過る。
 十年前のウェルナーの死と、【ヒアデス】を撃ち壊したことによる幻像の消失。
 その事実は、自分にとっても少なからず衝撃だった。
 仲間の前では、この一件で彼女が涙を見せたことはない。表に出ていたのは、ベアトリーチェに対する“怒り”だった。
 だが重度のファザコンで行方不明の父をずっと想い、再会後も行き違いに悩んでいたヴァージニアが、
 泣きたくなかった、……わけねぇか…。
 それでも、―― きっと。
 ひとりきりで、ひとしきり泣いた後で、
 彼女はまた、荒野へと力強く羽ばたくだろう。
 たくさんの、大切な想い出を抱(いだ)いたまま、
 馬鹿正直で青臭い、自身の信念(せいぎ)をまっすぐ見据えて。
 まるで、人の目にはどんな悪天候に映ろうとも、
 朝が来れば、陽は必ず昇っているように ――― 。
「……ジェット?」
「!!」
 柄にもなく回想などに耽っていたせいで、気付くと首を傾げているヴァージニアがもう目の前に来ていた。髪を編んでおらず、パジャマのままだ。全く以って、無用心なことこの上ない。
 それにしても、墓地の方で人間(ひと)が動く素振りがあればすぐに部屋に引き上げるはずだったのに、とんでもない不覚である。
 胸中で今度は特大の苦虫を噛み締めながらも、ジェットはあくまで無愛想に言った。
「お前、曲りなりにも賞金首になってる奴が、ARMも持たずにうろうろすんなよ…」
「―― ごめんね。ありがと、ジェット」
「……な…っ!?
 いいから、お前はさっさと部屋に戻れよッ」
 心配してくれてありがとうと聞こえた返答(こたえ)に、何言ってんだお前、と大声を出しかけ、今の時間を思い出して既の所でそれを飲み込む。
 代わりに邪険に追い払うように手を振ると、ヴァージニアはやや赤い目で妙に素直にうん、と微笑う。
 ふわふわと揺れる長い髪がドアの向こうに消えると、しばらく不機嫌そうに閉じられていた口から、盛大な溜息が漏れた。
 この村に年長組がいなくて良かったと心底思う。バレたら、どれだけ冷やかされるか判ったものではない。
 が、彼らが不在だからこそこんな状態に陥っているわけで、見事なまでの堂々巡りに、投げやりに思考を停止した。
 確かにチームという括り以前に彼女を心配、…みたいなものは、少しもしていなかったと言えば、……若干、嘘になるのだけれど。
 見抜かれている風だったのが、更に気に障る。
「……うんざりだぜ…」
 認めたくない感情に、今日二度目の口癖で無理矢理蓋をして。
 ジェットは自分も部屋に戻る為に、アガートラームを手に取った。

fin.

2007,06,24

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