町や村に泊まる日は夕食後にヴァージニアの部屋に行くのが、いつのまにか習慣になっていた。
育ての親であるウェルナーとチームの仲間達以外に、他人と行動を伴にしたことはほとんどない。そんな極端に限られた中でも一番衝突し、一番うんざりだと言っていた相手を、まさか自分から足繁く訪ねるようになるとは、少し前までは考えもしなかったけれど。
勿論チームとして動いている時は、ふたりとも恋愛感情を持ち込むことはない。とはいえ、クライヴとギャロウズが勘付いていないはずはないのだが、大人の対応とやらで黙認されているらしい。
クライヴが環境再生の方法を改めて考察する時間が欲しいと言い、今日のように四人それぞれ個室を取る機会が増えているのも、おそらく半分は、不器用な年少組に対する配慮なのだろう。
進展具合については若干誤解がある気がしないでもないが、敢えて訂正する必要もないので、ここは素直に、年長組の好意に甘えておくことにした。
いつも通り軽く一回ノックをして、一息置いてドアを開ける。
歩み寄ってくる笑顔が、自分にだけ向けられる特別なものに見えて、重症だなとジェットは内心独り言ちた。
一応、邪魔していいかと確認する。
うん、と微笑ったヴァージニアは、まるで言伝でも思い出した様子で小さく、そうだ、と続けた。
「―― わたしね、ジェットのことが好きだよ」
「……ッ!」
あまりに唐突過ぎる告白に、頭の中が真っ白になり、一瞬本気で息が止まる。
口を開いてもまともに呼吸ができなくて、がくりと床に左の膝を突いた。
「ジェット!?」
ヴァージニアにしてみれば、彼の反応が予想外だったのだろう。慌てて同じように両膝を突いた三つ編みの先が、視界の端で揺れる。
項垂れたまましばらくそれを眺めた後、やっとのことでジェットは、長い溜息を吐き出した。
「…お前、……俺を殺す気なのか…?」
「え?」
「そういう不意打ちはやめろ…。心臓に悪い…」
互いの気持ちは分かっていたし、取り立てて確証(ことば)を望んでもいなかった。
予期していなかった分、その一言は、どんなARMよりも強く心を撃ち抜いて。
いい加減振り回されるのにも慣れたつもりで、最近は、退屈しなくていいなどと半ば楽しんでいたのだが、どうやら彼女の方が一枚も二枚も上手らしい。
しかも無自覚ってのが質が悪いよな…。
本人には聞こえない呟きに重なるように、戸惑いが混じった不安げな声が彼の名を呼んだ。
「なんとなく言いそびれたままだったし、でも大事なことだからちゃんと言わなきゃって、こないだから思ってたんだけど…。
……い、言わない方が良かった?」
「そうじゃねぇよ」
即答した口調は、知らぬ間に笑みを含んでいて。
顔を上げる瞬間に、表情を読み取らせる隙を与えず抱きしめる。
軽く触れ合う頬の熱も、じんわりと胸に心地好く溶けていった。
「まぁ、いいけどな」
喉の奥で低く笑い、いつとなく、驚きがそのまま嬉しさになっているのに気付く。
やや躊躇いながら背中に回された手の温もりに、ジェットは再び淡く嬉笑した。
言葉がなくても、伝わるもの。
言葉では、伝わらないもの。
言葉だから、伝わるもの。
―― 識っていても、
かたちになって届けられると嬉しいもの。
どれが最善(こたえ)かなんて、一概には言えなくて。
はがゆくて、時に面倒になることだってあるけれど。
手探りでも今は、本心(きもち)を伝えたいし、感じていたい。
だから、
この腕の中で…もう一度、
「ヴァージニア、……さっきのまた…、言ってくれ」
たった一語なのに、馬鹿みたいに幸せな気分になれる、
甘く心に沁み込む、―― その言葉を。
fin.
2010,01,24
現在文字数 0文字