在り処

 ページを繰る手が止まりがちになって、時折不自然な無音の瞬間が降りる。
 目も先刻から同じ文章を行きつ戻りつしているのに気が付いて、アヴリルは静かに自分の本を閉じた。
「ディーン、今日はもうやめましょうか?」
 各地に積極的に足を運んでは、進んで人々の輪に入り、率直に話をする。そんな日々と会議や勉強の両立は、決して易しくはない。
 疲れているのではないかと気遣うように声を掛けると、しかしディーンは僅かではあるが拗ねた様子で、指の上のペンを所在なさげに揺らした。
「……でも、そしたらアヴリル、帰っちゃうだろ…?」
「ディーン?」
「あ、…ゴメン。オレ、何言ってるんだろう…」
「―― 昨日も一昨日も、なんだか慌しかったですものね。
 お茶を淹れますから、少し休憩しましょう」
 席を立って歩き出そうとした処で、ほぼ同時に立ち上がったディーンに不意に手を引かれて、ふわりと抱き寄せられる。
「ディーン…?」
「オレ、お茶より、アヴリルとこうしていたいんだけど…」
「………」
 たぶん赤くなっている顔で頷くと、ディーンの表情も嬉しそうに和らいで。

      傍に在ることを、あなたが希んでくれるたびに、
      現代(ここ)にいていいのだと、確かめることができる。

      まるでその言葉を、温もりを通して、
      この時代(せかい)と、繋がっていけるように……。

 だから、
「ディーン、……ありがとう…」
「…アヴリル? それ、どっちかっていうと、オレが言わなきゃいけないんじゃないか…?」
「ふふ。だってわたくしも、ディーンとこうしていたいですから…」
「うん…。ありがとな、アヴリル…」
 髪にゆっくりと、温かい指が触れる。
 まだ少しだけ残る緊張を消す、吐息と伴に肩に額を寄せて。
 もう何も言わずにそっと身体(ぬくもり)を預け合うと、
 やわらかく、ただ互いを感じながら目を閉じた。

fin.

2008,01,02
初出(暫定版) 2007,12,27

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