Endearment

「明日はライラベルですよね?」
「ああ。教授の話、今度は短いといいけど…」
 マイペースながらも勉強を続けていることが功を奏してか、最近は『講義』も楽しめるようになってきたのだが、エルヴィスは如何せん、興に入るととにかく話が長い。
 ふふ、と微笑うアヴリルについ見とれていたディーンは、ややタイミングを外してまた軽く苦笑した。
 午後の予定が押して、今日の勉強は夕食後になってしまった。二二時過ぎに切り上げて、いつものようにトニーの家まで彼女を送ってきたのだが、なんとなくまだ、繋いだ手を離せずにいた。
 出会ってすぐ旅に出て、ずっと一緒に過ごしてきたせいか、帰る場所が違うことには未だに慣れない。―― 正確に言えば、それをはっきり淋しいと感じるようになったのは、最近なのだけれど。
 それでもこれは、少なくとも現状では仕方がない。両種族の先導者(ヴァンガード)といっても自分は未成年で、現代に身寄りのないアヴリルには、トニーのように理解と知識のある後見人が必要なのだから。
 大切なものを護る為には、“諦める”のではなく、“引かなければならない”時だってあることを今は、識っている。
 こういう感情(きもち)をもしかしたら、愛しいとか切ないとか、そんな名前で呼ぶのだろうか…?
「―― ディーン」
 しばらくの沈黙の後、指を絡めたまま背伸びをして。アヴリルが自分からそっと唇を重ねる。
 驚きでほどけた手が、ゆっくりと離れる。
 おやすみなさいと恥らう笑顔に、どもりながら辛うじて、おやすみと返す。華奢な背中を見送ると、ディーンは先刻まで触れていた手で思わず口元を覆った。
「…び、……びっくりした…」
 見抜かれていたのかな、と思う。
 この所、言動が何故か裏目に出てしまうことが多かった。
 だが、そんな失敗も受け止めて、これからも結局は自分なりに、最善の答えを見付けていくしかない。
 判っているが少し、―― 本当は内心、少しだけ落ち込んでいた。
 でも、鈍くくすんだ痛みはいつのまにか消え、
 ほんの一瞬共有した、二度目のキスのやわらかな熱が、秘めやかに、……甘やかに心を満たして。
「明日も頑張らなきゃ、な…」
 ありがとうの代わりに、
 曇りのない気持ちでディーンはそう呟くと、深く広がる夜の空を見上げた。

fin.

2008,01,15

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