熱り

 まだ何処か不器用な、それでも狂おしいほどに甘い時間(とき)が過ぎて、火照る肌と同じ熱を帯びた吐息が零れる。
 ゆっくりと肩に額を預けると、徐々に青年のものへと成りつつある逞しい腕が、梳(と)くように長い銀髪(かみ)の上を滑っていく。
 やや辿々しく、背中を包み込む温もり。だがそこから伝わるのは、惜しみない、絶対的な愛しさで。
 ふと目を上げて、そのまま何も言わずに、少し照れたように見つめ合う。
 緩やかな幸福感に満たされたこのひとときも、互いにとって大切な宝物だった。
 どちらからともなく、ふたりで一対の指を組み合わせるように手を繋ぐ。
 それを静かに引き寄せたディーンは、改めてアヴリルの華奢な指先に触れた。
「こないだから思ってたけど、アヴリルの手ってすごくキレイだよな」
「そうですか?」
「うん。初めてじっくり見た時、なんだかちょっとびっくりした」
 まるで、いつもの遊び場で新しいものを見付けて瞳を輝かせている、無邪気な少年のような口振りだった。
 先導者(ヴァンガード)としての自覚からか、最近はぐっと大人びた表情を覗かせることもあるディーンだが、こういう処は出逢った頃のままだ。
 くすくすと微笑いながら、今度はアヴリルが彼の手を取った。
「ディーンの手は、まめがたくさんありますね」
「小さい頃から、大人達の目を盗んで遺跡に入り込んでは、ショベルで掘り返してたからなぁ。
 ……あ、アヴリル、こんなざらざらした手で触られるの、イヤじゃないか…?」
「ふふふ、そんなことありませんよ。
 だってわたくし、ディーンのこの手、大好きですもの」
 “大好き” ――― 。
 旅の中で、……胸の中で、幾度となく繰り返した、変わらない想い(ことば)。
 そして今は、
 すぐ傍で、こんなにも深く触れ合えている。
 ずっと懐(いだ)いていた希み(ゆめ)が、思いがけず大きな、―― もっと確かな、かたちとなってここに在ること。
 戸惑いすら覚えるほどの幸せに、思わず泣きそうになって軽く瞼を伏せた。
 何があっても、これからも、目を背けることはできない、かつて自らが犯した罪。
 けれど時に、心を蝕むように歪んで肥大化してしまう氷塊に似た罪悪感さえも、ディーンはやさしく溶かし出して、いつでも、力強く手を引いていってくれる。
 そうして繋いだ熱を、決して消えないように抱きしめて、
 現代(ここ)で、
 臆さず過去に向き合いながら、あなたと、未来へ歩いていきたいから……。
「―― 大好きです、ディーン…」
 ほんのりと頬を染めて、その手が追い続けてきた憧れを最も良く知るまめのひとつひとつに、アヴリルは愛おしげにそっと口唇を寄せた。

fin.

2007,08,10

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