至願

 目を開ける前から、その温もりを感じていた。
 足元の岩が次々に崩れていく中、しっかりと抱きかかえていてくれた腕。
 少しずつ少しずつ、揺り動かされていく感情(こころ)が不思議で。
 ただじっと見上げていた表情が、不安げに映ったのかもしれない。
 大丈夫。そんな風に微笑った顔を見つめていたら、いつのまにか涙が零れていた。

 それは厳冬(ふゆ)の終わりを告げる、甘やかな雪解けに似て。
 溢れるほど温かな想いが、記憶を失くした心をやわらかく満たしていく。

 だからこそ早く、

 ―― オモイダシタイ。

 いつも胸の片隅に、大切な仲間(ひとたち)を騙しているような、
 居たたまれない気持ちがあるから。

 けれど同じほどに、

 ―― オモイダシタクナイ。

 時折掠める記憶の断片(かけら)は、どれも、酷く冷たい感触(もの)だから…。

 それでもどうか、

 過去にどんな“自分”がいたとしても、
 何処の誰かも判らない存在を受け入れてくれたやさしいヒト達を、
 この手で、傷つけてしまうことがないように。

 そしてできるのなら、

 とても楽しい、宝物のような旅(ひび)がずっと、…ずっと続いてほしい。
 たぶん初めて識った恋(いとしさ)を、伝えることは叶わなくても。
 少しでも長く、大好きな、ディーン(あなた)と一緒にいられるように……。

fin.

2007,08,01

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