これまでよりほんの少しだけ長く触れ合っていた唇がそっと離れる。
早まっていく鼓動と同時に感じていた、淡いようで確かな安心感。
ほのかに赤い頬のまま、間近で見上げた深い青も和らいで。
緑が薫る風の中を、自然に手を取って歩き始めた。
珍しく予定が入っていない日は、よくこうしてふたりで神々の砦を訪れる。
グレッグには「デートにしちゃ、色気がねぇな」と苦笑されたが、現在ファルガイアで最も顔と名前、人柄が知られているディーンは、どの町や村に行っても、いつのまにか周りにヒトの輪ができる。もちろん人望があるのは喜ばしいのだが、結果的に、休日ではなくなってしまう場合が多い。
それに何といってもここは、互いにとって大切な、“始まりの場所”だった。
「アヴリル、いいことがあったのか?」
「え?」
丸太の橋をゆっくりと渡り終え、そこで一旦立ち止まる。
かなり唐突に振られた話にきょとんとしていると、ディーンは繋いでいない方の手で数回鼻をこすった。
「この頃、見てるオレが嬉しくなるような顔で笑ってるからさ」
「ディーン…」
本当に自分のことのような破顔が、胸に温かく沁み渡る。
わくわくしながら答えを待つ様子にしばらく考え込み、けれどアヴリルは、僅かに悪戯っぽい表情で微笑んだ。
「ふふ、秘密、です」
「何だよ、秘密って…。余計に気になるじゃないかッ!
……まぁ、アヴリルが嬉しいなら、オレはそれだけでもいいけど」
拗ねたのか、子供のように軽く口を尖らせる。
だが続く言葉は寧ろ、彼自身も無自覚の、大人めいた響きを含んでいた。
あなたに「大好き」と言えること。
名前を呼んでくれる声。
しっかりと繋ぐ手。寄り添って聴く鼓動。
やさしく重ねる唇。
そのひとつひとつを素直に嬉しいと…、
そう思える毎日が嬉しい。
だけど、それを全部伝えるには、一日では足りないから。
先刻のように、どんどん増えていってしまうから…。
アヴリルはさりげなく話題を変え、再び並んで歩を進める横顔を密かに見つめた。
積み重ねられた時間の小さなかけらは、やがてやわらかな“変化”に成る。
昨日までとは違う一瞬に、気付くたび実感する。
何気なく踏み出す一歩も今は、古代(かこ)ではなく、
未来へ…続いているのだと ――― 。
肩ほどの高さの段差の下へ、ディーンは先に身軽に飛び降りる。
そしてすぐに振り返り、
「アヴリル!」
出口のない螺旋(ループ)の壁を壊した両腕に、甘く抱き止められて包まれる、
変わらない、―― 初めて知る新しい瞬間の、温もり。
あなたがくれる“いいこと”で、わたくしはまた心から微笑うことができる。
何より一番、幸せな秘密はきっと、
その気持ちが届いた時の、大好きなあなたの笑顔。
fin.
2009,09,30
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