変わっていくものと、変わらないものと ――― 。
ヨトゥンヘイムの暴走による、ロクス・ソルスの地を揺るがす衝撃と轟音。
そんな中でもはっきりと聞こえてきた、切迫する二つの声。
身体を起こすと、熱風と砂埃で白濁する視界の先に、独りそこへ向かおうとするアヴリルの手を、ディーンが強く掴んで引き留めているのが見えた。
離してください! ディーンッ!!
ゼッタイに離さないッ!
オレはアヴリルを護るって決めたんだッ!!
彼女にしては珍しい、酷く荒い語調だった。本気で、ディーンの手を振り解こうとしていた。
だが一方で表情は哀しく、また苦しげで…。
あれは予期せぬ事態に思わず見せた、本心だったのだろう。
あの時には既に、彼女は過去へと戻る決意を固めていたのだろうから…。
旅の途中で幾度も聞いた、冷静で理知的な深慮。それはディーンの持つまっすぐな熱さとはある意味対照的な、けれど心に静かに届く言葉で。
彼女が生き続ける“時間”を知った今なら、理由が分かる。
生木を裂かれるような別れを身を持って知っているからこそ、記憶がなく、自覚もなかった頃でさえ、正に正鵠を射ていたのだと…。
―― そう、おそらく彼女は、気が付いていた。
「ひとりでは行かせない」と何度も食い下がるディーンの眼差しの奥にあった、“仲間”とは違う想いにも……。
愛する者を、目の前で不意に失う。そんな辛苦は、知らずにいるに越したことはない。
それでも彼女が選んだのはきっと、ファルガイアという星を思っての、最善の道だったのだろう。
その事実に、目を背けることはできない。
ならば星の再生と両種族の共存こそが、現代(ここ)に生きる者達にとって、閉じられた輪(じかん)を繰り返し辿る彼女に応えていくことになる。
頭では分かっていながら、ふとした瞬間に言い様のない苦さが過るのは、銘々が彼女を大切に思っていたからだ。
しかしそれは、安易に口にすれば確かに、陳腐な感傷に過ぎなくなる。
過剰な拘泥は、どちらのアヴリルも、結局は否定することに繋がる。
跡を託された“彼女”は、身代わりなどではない。
過去に遭った出来事が、多かれ少なかれ現在(いま)の自分を形づくるのだとすれば、“彼女”は手紙にあった通り、“少し違う人物”なのだから。
あれからすぐに、互いにやや戸惑いつつも、仲間のひとりひとりが名乗り、一万二千年前から来たアヴリルと握手をした。
そこ(ゼロ)から改めて始まった関係(もの)は、程なくして、以前と良く似ているが同じではない、新しい絆を築きつつある。
元よりディーンも、例外ではない。
寧ろ一番実感しているのは、彼なのだろう。
最近、レベッカ達と談笑するアヴリルを少し距離を置いて眺めている時に、ほんの一瞬ふっと、喉の ―― 心の奥に痞えていた何かを飲み込んだような瞳(め)をしていることがある。
彼も、気付いたのだろうか…?
自分とアヴリルの間にあった感情が、特別なものだったことに。
今はまだ、“何か”が“違う”という、曖昧な認識だけなのかもしれない。
そうしていつか彼が、その感情(おもい)の名を悟る時に。
あまり自分を責めることはしないでくださいね。
彼女が最後に綴った一言の、本当の深さも、識るのかもしれない。
「グレッグ…? ディーンがさがしていましたよ。ちょうちょうさんのところにいます。
つぎのもくてきちのことで、はなしがあるようですが…」
「分かった。…アヴリル、その花は?」
「ここに、メリーさんとテッドくんのおはかがあるときいたので…。
わたくしも、はなをたむけていいですか?」
「ああ…。……ありがとう…」
低い呟きにそっと微笑む銀髪の少女にゆっくりと背を向けて、家族の眠る墓地を出る。
時間(とき)のように流れ、廻(めぐ)る、
変わっていくものと、変わらないもの。
その中で、
かつて抱(いだ)いた想いが、記憶が、
自らを苛む頚木とならないように。
後ろから見守り、たまにどやしつけるくらいなら、俺にもできそうだからな…。
独り言ち、グレッグは息子の面影を重ねる少年の待つ酒造所へと向かった。
fin.
2007,06,10
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