身体中にキスが降る。
自分からねだったのに、久しぶりのせいかまるで初めてみたいに緊張してしまった私を、狼さんはゆっくりと慣らしてくれていた。
「狼さん…、…あっ……ん……、狼さん、狼さん…」
その手が、唇が、舌が…。肌を辿るたび、身も心も蕩けていく。
いつのまにか何度も、狼さんを呼んでいた。
これまでとは少し違う反応に最初戸惑っていたような狼さんも、すぐに微笑ってやさしい口付けをくれた。
「……狼さん、……欲しい…。狼さんが…欲しいの……」
「ティアナ…」
何かを忘れる為とか、気持ちよくなりたいだけじゃなくて。
もっともっと…、狼さんを感じたいの。
背中に絡めた両腕にそっと力を込めたら、
「俺も……おまえが欲しい…」
耳たぶを甘噛みする囁きと伴に、濡れたそこに熱いものが押し当てられた。
新しい年を迎えた賑わいが落ち着いてきた頃。狼さんは覚悟を決めた顔で、十数年前の出来事を話してくれた。
森を守る為、住人に危害を加えたママを殺した。どんな事情があったにしろすまなかったと、深く頭を下げてくれたけれど…。
ママの話をすると怒ったパパ。今振り返れば、何処かよそよそしかった村の人達。以前見た赤い月に追い掛けられる夢。時折脳裏を掠める、朧げな幼い頃の風景。
散らばっていた点が一本の線で結ばれて、私は“お兄さん”の隣で温かい血を浴びた夜を思い出した。
ナイフでママを刺した感触。ママが人の血を集めていた魔女だったことも…。
何も言えずにいる私に狼さんは手を伸ばしかけ、途中で一瞬泣きそうな表情を浮かべて止める。
―― 違うの。狼さんのせいじゃないの…。
席を立ち駆け寄ると、広い胸に額を預けた。
膝の上に乗った私の肩を躊躇いがちに包む腕。緩やかに伝わる体温はぎこちなさとは逆に、ふたりの間にあった薄く透明な壁を消していく気がした。
誰がママを殺したのか。目撃したという小人さん達とも記憶は食い違い、結局はっきりとはしなかった。
この家での日々は変わらず、穏やかに過ぎていく。
ただ狼さんはかなりショックを受けていた私を思い遣ってか、しばらく付かず離れずを意識しているみたいだった。
揺らぐ心のまま、繋がっていた身体の距離。
敢えて置かれた一歩をきっかけに、改めて私は狼さんを識っていった。
笑顔、声(ことば)、温もり。やさしさと包容力。
そして与えられている愛情は、自覚していたより遥かに大きく ――― 。
私がママの話をするたび、狼さんはどんな気持ちでいたの? 知らず知らずのうちに私は狼さんをたくさん、苦しめていたんじゃないの…?
猟師さんを好きな私を愛していると気付いた時、失恋した私を受け止めてくれた時、狼さんだって辛かったのに。
喪失感と痛みを抱えきれない私は、差し伸べられた手に縋る以外何もできなくて……。
だけど私も、
狼さんが辛い時に支えられる存在になりたい。
幸せも哀しみも分け合って、一緒に生きていきたい。
触れてほしい。―― 他の誰でもなく、狼さんに。
深い森の香りが恋しくて、切なくて吐息が零れる。
同じ香りに染まるくらい、狼さんに愛されたい。
寝返りを繰り返しても眠れずにベッドを出る。
階段を静かに降り、狼さんの部屋の前で数回深呼吸をしてドアをノックした。
to be continued.
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