奇跡と代償- 1 -

「レオン様には役に立たない花でも、この花は私にとって特別な花なんです!」
 こちらを見上げ、きつく睨み付ける。いつになく強い表情と語気に思わず怯む。
 同時に、先刻のアインスの忠告が再び脳裏を掠めた。

   赤月に生贄を捧げて得られる無比の力でなければ、
   おそらく呪いは解けないでしょう。

   ですが、あまり親しくされていると、
   情が移ってしまうのではありませんか…?

 “違う”と、胸の奥で叫ぶ声がする。
 意味も理由も判然としないまま、耳に残る忌々しい諫言ごとレオンは吐き捨てた。
「特別? 何処にでもあるこの花が?」
「憧れの花だったんです。
 この花に出会うことができた時、私に奇跡が起こると信じていました」
「……その、奇跡とやらは起こったのか」

      魔界にしか咲かない青い薔薇に、
      人間の乙女が出会う、―― 奇跡。

      けれど、それは……。

「まだ…です」
「ははっ! 全てはおまえの夢物語か」
 一言発するたび軋み、壊れていく。
 初めて朝まで抱きしめていた温もりが、手の内を擦り抜け零れていく。
 止めたいのに、止まらない。
 嘲りつつも、徐々に虚ろになるくるみの瞳を、気付けば直視できなくなっていた。
「……そうみたいです。
 この花に出会っても、まだ私に奇跡は起きない。全ては私の…夢だったんです……」
「ふん、判っているならいい…」
 ありふれた花に、いるはずのない存在(もの)を求める。―― それも、夢物語ではないのか。
 青い薔薇が役に立たないのではなく、端から、不可能を望んでいたのではなかったか…?
 “白い蝶”は捕らえたも同然なのに。
 叶わぬ言い伝えに縋り続ける所以など、もうありはしないのに。
 幾度も頭を擡げてはいたものの、結局先延ばししていた。入り乱れる思いの向こうに見えかけている帰結(こたえ)を遮り、

      ―― 違う…!!

 心は頑なにそう…繰り返す。
 一体自分は、“何”を“どうして”、否定したいのか。
 “何”を、認めたくないのか……。
「………」
 悼むかのように一枚ずつ集めていた花片を手のひらから落とし、緩慢な動きでくるみが立ち上がる。
 レオンはその後ろ姿を見据え、冷たく咎めた。
「何処へ行く」
「……お掃除の道具を、…取りに」
「…ふん」
 背けた視線に、頼りなく揺れる長い髪が映る。
 扉を開ける生彩を欠いた音に紛れ、誰のものか判らない泣き声が遠く聞こえた気がした。

to be continued.

奇跡と代償 2

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