強い風が窓を鳴らし、細い指が拾い上げた花びらも、舞う青に混じっていく。
一層濃く立ち籠める、甘い薔薇の香り。
視界が歪むような酩酊感にベッドの縁へと身体を預け、そのまま床に座り込む。
増す目眩に相反し、鎮まる激昂。
自らの非情な仕打ちを示す室内の惨状に、レオンは唇を噛み締めた。
諦め、俯く双眸に、苛立ちつつも何故か感じていた親(ちか)しさ。
次第に反抗を覚え、たまに生意気で、でも一緒にいると自然に、笑うことを思い出した。
いつしか“触れるから”ではなく、“くるみに”触れていたくなって…。
「くるみ…」
無意識に呼んだ名が風音に消える間に、遅きに失する自覚が、疾うに出ていた結論に帰着する。
―― 生贄には、……もうできない。
その命を代償に、奇跡を得ることはできない。
だからこそ呪い師やカガクに活路を求め、青い薔薇が白い蝶を連れてくるのを待ち続けていた。
なのに解呪の望みを絶たれるたび、抑え切れぬ憤りをぶつけては酷く傷つけた。
抱かれてもいいって顔をしてる。
ばれちゃいましたか?
本当は否定させ、軽く茶化して終わらせるつもりだった問い。
だが冗談と分かっていても、拒まれなかったことが嬉しかった。
陥っていた自家撞着を、正す機会は幾らだってあったのに。
愛おしい温もりと笑顔がすぐ傍にある、居心地の良さに甘えて。
初めて涙を見た夜から、この腕の中で守りたい存在になっていた。
くるみになら、やさしくなれる気がしていた。
けれどそんな感情(きもち)さえも、そもそもの理由を置き忘れた眼前の怒りに容易く塗り潰されてしまう。
大事に想っているにも拘らず、どうして、繰り返し泣かせてしまうのか…。
そうだ。またきっと、泣いている。
誰にも見せぬよう、一人で。
随分と虫がいい心配だと自嘲しながら、居ても立っても居られず部屋を後にする。
しかし早足で向かった収納庫に掃除道具は綺麗に並べられたままで、彼女が来た気配はなかった。
胸に広がっていくざわめきを振り切るように引き返す。
角を曲がり、落ち着いた歩調で歩く金髪の背中を見付け大声で呼び止めた。
「アインス! あいつを知らないか!?」
「………。
くるみさんでしたら、先程庭に出ていかれたようですが…」
「!」
最前の忠告を無視されたせいだろう。微かに眉を顰めた沈黙がしばらく続く。
それでも切羽詰った様子に気圧されたのか、やや硬い表情で返った答えを全て聞くまでもなく、足は再び動いていた。
玄関を駆け抜け、半分開いた城門に気付いて屋敷へと踵を回らす。
形振り構わず自室に戻り、剣を掴むとすぐさま廊下に飛び出した。
ここにいたくないと思ったとしても無理はない。
とはいえ身を守る術を持たぬ人間の女は、城外の森に棲む魔物の格好の餌食だ。一刻も早く助けにいかねばならない。
魔力を失っている今の自分にとっても危険極まりない場所なのだが、それは一切眼中になかった。
厭われ、憎まれていてもいい。
どんなに嫌がろうと、必ずおまえを無事に城へ連れ帰る。
“人質”であるネックレスを返し、……俺から解放する為に。
fin.
2010,12,18
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