「わたくしは、ディーンが今も彼女を想ってくれているのが嬉しいです。
ただ、それに縛られないでほしいのです。
あなたがこれからの時間で誰かに惹かれた時、その気持ちを曲げてほしくない。
彼女もあなたをそんな風に束縛するつもりなど、なかったはずです」
「……分かった。
じゃあ、アヴリルも約束してくれ。誰かを好きになったら、昔のことを気にして、気持ちを押し殺したりしないって…」
正(まさ)しく霧が晴れたような青の睛眸はいつしか、以前と変わらぬ飾り気のない力強さを映していた。
はい、と頷きながら、アヴリルも自然に微笑う。
言って良いのか迷っていたことも、寧ろ本音を話しておくべきだと思えた。
「矛盾しているのかもしれませんが、想いの“名前”が変わったとしても、ループを終わらせたいという気持ちを、あなた自身の意思で持ち続けていてほしいとも思うのです。
どんな理由で、ループのたびに変化が起こるのかは分かっていません。
なら、ディーンの何より強い“諦めない気持ち”がいつか、ループに作用する可能性は充分にあります」
「ああ、オレもそうだったらいいと思う。
だけどアヴリルは、……それでいいのか…?」
「ふふ、やっぱりディーンはやさしいですね。
タイムパラドックスを起こさずにループを終わらせることができたなら、“わたくし達”が“消える”ことはありません。
ひとつの意識と身体が過去からコールドスリープで現代に来て、未来を生きられるはずです。
そうしたら、彼女はわたくしのようにディーン達と同じ時代に生きて、わたくしは彼女のようにあなた方と出逢う旅ができる。
―― それは、どちらのアヴリルの願いも叶う、ということですから…」
「………。
……アヴリルはほんとにやさしくて、強い、よな…」
「―――」
“自分”への気遣いにふわりと笑みを返すと、なんだかほっとしたように、ディーンは軽く鼻の下をこする。
そういえばこの癖も、目にするのは久しぶりだった。
アヴリルは緩やかに頭(かぶり)を振ると、合わせた両方の手を静かに胸に当てた。
「わたくしに“やさしさ”や、上から権力を振りかざすのではない“強さ”を教えてくれたのは、みなさんです。
わたくしにも躊躇うことなく手を差し伸べて、握手をしてくれた。わたくしをわたくし自身として、受け入れてくれた…。
過去に戻ったアヴリルと感じ方は違っていても、その温もりとやさしさが、わたくしの中の氷の女王を溶かしてくれたことに変わりはありません。
だから古代と違って、二つの種族が共存し、星とも共存できるように、みなさんと一緒に自分にできることをしていきたいと思えるのです」
「そうか…。
……ごめん、アヴリル…。これはもっと前に、オレから話さなくちゃいけなかったことだよな…」
「ディーン…」
リリティアと呼ばれていた頃は、世界には、命令に従う臣下か従わない敵しかいなかった。
見知らぬ時代に突然飛ばされてきたことも、徐々に思い出す冷酷な過去も、表には出せずにいたが、最初はとても辛かった。
けれど現代(ここ)に来られたから、仲間や友達と呼び合える存在と出逢うことができた。
愛や恋ではなくても、自分にとってもディーンは、大切な仲間(ひと)だから…。
やや視線を落とした神妙な面持ちに、アヴリルは今度ははっきりと首を振った。
「レベッカと色々話すうちに、少しずつ心の整理をつけることができたんです。
今でなければ、こんな風にはお話できなかったかもしれません。
ディーン、レベッカも心配していましたよ。少し元気がないみたいだって…」
「そっか…。あいつとも、あんまり話してなかったしな…。
―― まずはオレが、ちゃんと前を向かなきゃな。
アヴリル、もう一回握手をしよう。
オレ、勉強はニガテだけど、どっちのアヴリルにも『ジョニー・アップルシードを任せて良かった』って思ってもらえるように頑張るからさ」
「はい、頑張りましょう。
両種族の間にある多くの問題の解決は、これからが正念場ですものね」
まるであの日をなぞるように、まっすぐに差し出された右手を握り返す。
名前(かたち)は違っていたとしても、価値(おもさ)は比べられない絆が、この温もりの中には在ると信じられた。
現代(ここ)で初めて触れた手が、切り拓いていく未来を、
仲間としてずっと、支えることができるように。
跡を託された責任や、贖いの為だけではなく、
これは、自分自身の意思でもあるから。
もう一度一緒に、前を向いて ――― 。
「ディーン、アヴリル、…勉強終わった?
あのね、ファリドゥーンが話があるって来てるんだけど…」
ノックと伴に、レベッカが遠慮がちに顔を覗かせる。
ディーンは満面の笑顔で振り向くと、幼なじみの名を呼びながらドアへと駆け寄った。
「レベッカもこっちに来いよッ!」
「…は? ちょっと、ディーン!?」
問答無用に腕を引っ張って連れてくると、ふたりの少女の手を重ね合わせる。ちょうど円陣を組むように、ディーンはそこに自らの手を置いた。
「っしゃあぁッ!! やるぞー!」
「え!? …な、いきなりどうしたの?」
唐突な熱い展開についていけずに、レベッカは大きな緑の瞳を更に丸くする。
しかしそれに答えぬまま勢いよく外に走り出たディーンは、廊下にいたファリドゥーンにも同様のテンションで話し掛け、この所の彼の様子を知っていた生真面目な青年を面食らわせる。
一気に賑やかになった雰囲気に、室内に取り残されたアヴリルとレベッカはどちらからともなく顔を見合わせた。
「ふふふ、すっかり元気なディーンに戻りましたね」
「そうみたいね」
呆れたように、レベッカが肩を竦める。だが表情は、溜息をつきつつも安堵で和んでいた。
「まぁ、元気ならいいか。ね? アヴリル」
「ええ。みなさん、心配していましたものね。
でもディーンならこれからもきっと、どんなことだって乗り越えられますね」
アヴリルは親友に、そして“過去にいる自分”にも呼び掛けるようにそっと微笑んだ。
fin.
2007,09,02
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