Secure- 2 -

「クライヴ様、何か御用ですかぁ?
 でもでも天使様への面会希望なら、お受けできないですぅ。いまフロリンも、天使様を捜してるんですっ!」
「………」
 呼び出した妖精の緊張感があるのに間延びした高い声に、クライヴは思わず顔を顰(しか)めそうになるのを気力で持ち堪える。
 アリアのパートナーであるフロリンダとは、好き嫌い以前に相性が余り良くないのだろうと、日頃から彼は自認している。
 この着ぐるみを着た一風変わった妖精とアリアが楽しそうに話しているのは見ていて微笑ましいのだが、それはあくまでも、自分が係わらない場合に限られていた。
 いつもならこうして直接呼び出すこともないのだが、今回ばかりは事情が違っていた。
「……アリアなら、この村にいる」
「えええっ? でもフロリンここにいても、天使様の気配、ぜんぜんわからないんですけど…」
 それは要するに、それだけアリアの精神力(ちから)が弱っているということだ。
 慌てふためきながら外へ飛び出そうとするフロリンダを、待て、という低い一言だけで引き留めると、重い溜息をつく。
 そして天使と事件に赴いた勇者以外で、唯一事の次第を把握しているであろう妖精に再び鋭い視線を向けた。
「今は、疲れて眠っている。
 ……何があった? アリアは、天竜が復活したと言っていたが」
「………」
 途端に、フロリンダはぴたりと口を噤む。
 それが他人においそれと語れるものでないことは、初めからクライヴも承知の上だった。第三者が干渉すべきではないことも。
 だが ―― 。
「そこにいた勇者の、個人的な事情を聞きたいわけじゃない。
 目覚めたアリアに、……余計なことを言いたくないだけだ」
 何が、見掛けに依らず気丈な一面を持つ彼女をあそこまで打ちのめしたのか。それを知りたかった。
 だからといって、もうずっと励ましや慰めとは無縁の生き方をしてきた自分が、気の利いた言葉など用意できないのも重々判っていた。しかしあんな状態のアリアをただ見ていることは、今のクライヴにはできなかった。
 真剣な瞳に気圧されたのか、ペンギンの格好をした妖精はじっとクライヴを見る。
 やがて根負けしたのだろう。不承不承といった顔で話し出した内容を、彼は途中一切口を挟むことなく聞いていた。

「天使様が起きたら、ぜったいぜったい天界でお休みしてくださいって伝えてくださいねっっ!!」
 半泣きでそう念を押したフロリンダが帰ってしまってからも、クライヴは村外れの聖堂に立ち尽くしていた。
 さほど広くはないが荘厳な気に満ちた建物の中を、改めて見渡す。
 ティタンを倒した後で発見した剣について調べる為にこの村に留まっていた彼が、古い文献から、それが以前セシアが言っていたものであると知ったのは、数日前のことだった。
 不思議に手に馴染む感覚にも既に慣れたその剣 ―― ホドフレイムを、目の前に翳してみる。
 気の遠くなるほどの歳月を経ても鈍ることのない輝きを確かめると、また静かに鞘に収めた。
 誰が、この聖堂を造ったのだろう。
 彼の者は、いつか再び堕天使が暗躍する未来(とき)を予見して、天使の祝福を受けし勇者の剣をここに封印したのだろうか…?
 聖母が、自身の記憶を後世に伝え続けたように。
 千年前、滅亡の危機を脱した世界に、残された魔石。地上の行く末は人間に託さねばならなかったと、そう言ったアリアの苦しげな笑みを、クライヴは思い出していた。

   結局、天界と堕天使の争いに地上を、
   ……人々を、巻き込んでいるだけなのかもしれませんね…。

 それは、確かに事実の一端で。
 けれど、天使が降臨しなければ、
 ―― 君が降り立つことがなければ、
 地上は成す術もなく、滅びるしかなかったのだから。

   アイリーンに、とても辛い戦いを強いたのに…。

 アイリーン・ティルナーグ。
 任務中、一度だけ会ったことがある。勝気な瞳をした魔導士の少女だった。
 アリアと特に仲が良いのだろう。時折話の中に、彼女の名前が出てくることがあった。
「………」
 両方の手に、目を落とす。
 師を殺したあの時の血は、幾度洗い流しても消えることなく、今もこの手に刻まれている。
 ―― 大切な者を自らの手で討たねばならない、辛苦を悲歎を、……識っている。
 そして、他者の痛みに敏感なアリアが、目の前のそんな光景にどれほど自分を責めたかは、想像に難くなかった。
 それでも……。
 勇者と呼ばれる者は皆、元々、破滅を招き寄せようとする者達と深い因縁を持っているのではないだろうか。
 自分が、かつて天竜を倒した勇者であったヴァスティール ―― レイブンルフトの血を引いているように。
 だからおそらくその少女も、それから他の勇者達も。
 君に見出され、支えられ、導かれることがなければ、
 何も判らぬまま、逃れようのない酷薄で非情な運命にただ、翻弄されるしかなかっただろうから ――― 。

      ひとりで全てを、抱え込まなくていい。

      地上の平和が君の一番の希みなら、
      俺はそれを叶える為に、
      これからの時間(とき)を生きていくから。

      君の希みは、
      俺の、どんな希みより大切だから……。

 しかし実際に彼女を前にすれば、想いの半分すら、伝えられないのだろう。
 ふと、薄く苦い笑みを浮かべて。
 寡黙な勇者は一人、聖堂を後にした。

to be concluded.

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